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アズキゾウムシ―学術貢献で罪つぐなう? (むしたちの日曜日44) | 2013-11-18 |
| ●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治 | わが家では、なにかにつけて赤飯を炊く。あの赤いアズキの色を見ると晴れやかな気分になれるのは、遠いご先祖さまから受け継いだ血のせいだろうか。古代から伝わる赤米をひんぱんに食べることはできないが、アズキなら容易に手に入る。 どちらかというと、ぼくは甘党だ。ぜんざい、しるこ、おはぎといった甘いものを見ると、つい手が出る。アズキの原種は野山で見かけるヤブツルアズキらしいが、あの小さな豆をこれほどまでに改良してくれた先人に、あらためて感謝したい。   ところが、あろうことかこのアズキに手ならぬ口を出す虫がいる。その代表ともいえるのが、アズキゾウムシだ。 ゾウムシは、比較的好きな虫である。種類が多い上にどことなくひょうきんで、野菜畑で出会っても憎めないキャラクター性を有している。ところが名前に「ゾウムシ」と付いていても、アズキゾウムシはゾウムシ科には属さない。ゾウムシとは系統的に離れていて、研究者の見立てによればハムシ科マメゾウムシ亜科に分類される虫たちだ。 漢字ではたいてい、「小豆象虫」と表記する。だが、まれには「小豆蔵虫」とも書く。この「蔵」の文字を使う人たちは、この方がこの虫の性質をよく表していると考えているのだろう。アズキゾウムシは貯蔵庫を荒らす悪い虫として、コクゾウムシやノシメマダラメイガなどとともに「貯穀害虫」のレッテルを貼られている。   とはいえ、アズキゾウムシにも節度はある。えさになる豆が小さいとかマズいとかいって、ほかの豆に移ることはしない。親に産んでもらった豆がすべてであり、それ以上の豆、ほかの豆を望むことはしないのだ。あの豆この豆と節操なく食い荒らす虫に比べれば、いささか礼節を知る虫ではある。同じ豆に産んでもらった縁で複数匹が1個の豆を分け合うこともあるという、ほほえましい一面さえ見せつける。 北海道の温暖化予測では、2030年にはアズキの収量が1割増えるものの、粒は小さくなるといった品質低下も起きるという。そこにアズキゾウムシの加害も加味しなければならないとしたら、大変なことになる。   そのアズキゾウムシが、学会に貢献したと聞いたときにはびっくりした。東京大学の研究チームが明らかにした成果だ。 生物の世界にはたいてい、厳しいおきてがある。そのひとつが天敵生物の存在だと思うのだが、アズキゾウムシの場合にはゾウムシコガネコバチという寄生バチが知られている。そしてその寄生バチは、ヨツモンマメゾウムシというマメゾウムシの天敵であることも分かっていた。 まあ、ここまでは何ということもない。天敵は自分の役目を果たすために、アズキゾウムシを見つけてはその幼虫に寄生し、増えすぎないようにセーブする。 面白いのはそこからだ。寄生バチがいないところでアズキゾウムシとヨツモンマメゾウムシを一緒に飼うと、体格の勝るヨツモンマメゾウムシが有利になる。両種に共通のえさである豆はヨツモンマメゾウムシに奪われることが多く、気弱な(?)アズキゾウムシは実験下で20週しか生存できなかった。強者が栄えることもまた自然界のルールではあるのだが、えさのぶんどり合戦に負けた方はみじめである。   ところが同じ生活圏に天敵のゾウムシコガネコバチが加わると、話がちがってくる。この寄生バチはなかなかに賢く、状況をみてその時点で数の多い方に寄生する、なかなかの策士なのであった。つまりアズキゾウムシにとっては、ヨツモンマメゾウムシの戦力をそぐ応援部隊に匹敵する。 機をみて対戦相手を変えるわけだから、アズキゾウムシも手放しで喜ぶことできない。ヨツモンマメゾウムシが少なくなれば、そのスキに繁殖したアズキゾウムシに矛先が向けられるからだ。ゾウムシコガネコバチはそうやって、両種のバランスをとりながら、自らの寄生生活を続ける。   その結果、どうなるか。ここが一番のみそなのだが、寄生バチを含めた三者が共同生活を送ることで、2種のマメゾウムシは最長で118週も生き延びることができたという。こうした理論は以前から知られていて、「スイッチング捕食」といわれていた。ただし、その具体的な実証例がなかっただけに、この研究成果がクローズアップされたわけである。 人間の世界には、必要悪という言葉がある。これと似た関係といっていいのか悪いのかよく分からないが、2種のマメゾウムシに共通の敵である寄生バチがいると三方が丸くおさまるのだから、自然界は奥が深い。   そういえばアズキゾウムシの交尾習性には、地域差があるという報告もある。1回しか交尾しないメスと、何度も交尾するメスがいるというのだ。オサムシのように、基本的に飛べない昆虫は移動性が少ないため外見に地理的変異が生じていることは有名だが、見た目は同じなのに交尾習性が異なる種というのも興味深い。 |
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| ところで、マメゾウムシ亜科に属する虫は日本だけで約30種、世界では100種を超すという。体長5mm以下のものが多いが、なかなかどうして、あなどれない虫である。 豆ならぬヤシの実を食害するものは例外として、ほとんどのマメゾウムシはそれぞれにお気に入りの豆を持っている。いやいや、ねらう豆を決めている。ソラマメゾウムシ、エンドウマメゾウムシ、サイカチマメゾウムシなどのように、えさにするマメ科の植物名がくっついているので分かりやすい。この中でぼくがすきなのはサイカチマメゾウムシだ。 サイカチの豆が入ったさやは、幾度か拾ってきた。ムクロジの実と同じようにサポニンを含むため、昔の人はさやを煮出して洗濯したという。岩手県に出かけたとき、このさやを数個束ねたものが売られているのを見た。まだ使う人がいるのだと思い、なんだかうれしくなった記憶がある。日本文化のひとつと考えられるからだ。   サイカチマメゾウムシは、このさやの中にある豆をえさにする。その豆はきわめて硬く、あの小さな体で孔を開けるのかと思うと、気の毒に思えてくる。 豆にしてみれば、サイカチマメゾウムシは害虫であろう。だが、サイカチの実はあまりにも硬いせいで、そのままではなかなか発芽しない。そこで結果的に発芽の手助けをするのがこのサイカチマメゾウムシなのである。   このマメゾウムシが豆に侵入すると、当然、傷がつく。そこへ雨が降ると、豆の内部に水分が行き渡り、発芽に必要な条件のひとつである水を得ることができるというわけだ。自分ではどうすることもできないところを虫にやらせるとは、サイカチはなかなか知恵のある植物ではある。 で、豆の中にいるサイカチマメゾウムシはどうなるかというと、気の毒なことに雨水のせいでおぼれ死んでしまうのだという。孔をうがつのが気の毒なら、溺死もそれ以上に気の毒なことである。雨が降らなければ、サイカチマメゾウムシは「うひひ」とばかりに豆の中身を食いつぶし、めでたく成虫になれるのだ。 こうなるとまたアズキゾウムシの例が頭に浮かび、必要悪という言葉も思い出す。持ちつ持たれつとなればハッピーエンドにつながるのだが、そこまで甘くないのが自然界なのであろう。   このサイカチマメゾウムシにはもうひとつ、話題がある。広島大学の研究グループが、この虫の幼虫から強い抗酸化作用のある脂質を見つけだしたのである。簡単にいえば、老化を防ぐ。将来的には皮膚の老化を抑えるアンチエイジング化粧品の開発につなげたいというから、サイカチマメゾウムシも捨てたものではない。 この話を聞いてぼくが考えたのは、サイカチの豆をわんさか集めて、サイカチマメゾウムシごと食べることだった。そうすれば不老長寿の妙薬よろしく、いつまでも若々しくいられるはずだ。   しかしさらによく考えると、あの硬い豆をバリバリかみ砕くだけの力があれば老化は心配ないだろうし、鋭いとげの生えたサイカチの木に敢然と立ち向かうだけの体力があれば、これまたアンチエイジングなどと騒ぐこともないだろう。かくしてサイカチ豆バリバリ作戦は未遂に終わった。 たった数ミリのマメゾウムシたちが、意外なところで貢献する。これは豆を食べさせてもらっている罪滅ぼしと考えていいのではないだろうか。人間世界のあちこちで見つかるゴクツブシとは、そこがちがうのである。(了)     写真 上から順番に ・アズキゾウムシ。考えてみれば、良い豆を見つけたものだ。貯蔵性が高いだけに、あるところには山ほど蓄えられているのだから(写真2枚) ・ヨツモンマメゾウムシ。こうして見ると、意外に美しい虫である ・アズキゾウムシとヨツモンマメゾウムシを相手に、賢い選択をする寄生蜂・ゾウムシコガネコバチ。顔つきからしてたしかに賢そうだ? ・アズキゾウムシは、時としてダイズも食害する ・サイカチのさや。昔はせっけん代わりにしたものだが、最近はこの中の豆を食するサイカチマメゾウムシの幼虫にスポットライトが当てられた ・サイカチの幹には鋭いとげがある。近寄りがたい樹木だが、カブトムシのことを「さいかち」と呼ぶ地域があるように、知る人ぞ知る有益な樹木でもある ・はねつきの羽根がくっつくのが、このムクロジの実だ。この皮にはサポニンが含まれ、サイカチのさやと同じようにせっけんとしても使われた
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コラム:トカゲ――雨乞いか害虫退治か(むしたちの日曜日109) |
古代中国ではトカゲが、まるで龍のように扱われた。
「なるほど」と素直にうなずく人がいれば、「まさかあ」とまったく相手にしない人がいる。どんなことにも賛成・反対派がいるものだが、それにしてもあの神聖な龍とちっぽけなトカゲを同一視するなん... |
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