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オオシママドボタル―冬に輝く変わり者 (むしたちの日曜日37) | 2012-12-17 |
| ●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治 | 地球温暖化による生きものへの影響を気にしていながら、冬になるとどうしても暖かい土地への思いがつのる。そして気がつくと、学生時代から慣れ親しんだ沖縄に足を踏み入れている。 とくに好きなのは八重山諸島である。石垣島、西表島という名前を耳にするだけで、ほんわかしてくるから不思議だ。   ぼくは虫が好きだということになっているが、世に言うコレクターではない。昆虫採集に代表されるような標本づくりは趣味のうちに入れていない。どちらかといえば、昆虫ファンの言うところの「生き虫」飼育派である。それでも沖縄へ初めて渡ったときには、虫が目につくと片っぱしから捕虫網を振り回したものである。南国情緒たっぷりのチョウやら甲虫を見つけて心を動かさぬ人がいたら、お目にかかりたい。   白地にゴマ粒というシンプルな意匠ながら見る者の心を奪うオオゴマダラ、いつも落ち着きなくバタバタと飛び回るツマベニチョウ、擬態の見本そのものであるかのようなコノハチョウ……。虫好きを魅了してやまないチョウが、あちらにもこちらにもいる。 一般には嫌われているカメムシでさえも、かの地では魅力的な存在だ。ナナホシキンカメムシという名前からしてキンキラ金の美麗種や、赤と黒の配色が素晴らしいクロジュウジホシカメムシなどを見たら、臭いだろうなあ、などという感情がわくよりも速く、手が動いた。   だがそれも、そのときだけのことだ。標本づくりはどうも性に合わない。そこで最近はもっぱら、捕虫用のカメラを使っている。もちろん、カメラで虫が捕れるわけもなく、撮るのは写真である。 寒い冬だから、南国らしいポカポカした話で突っ走りたい。それはやまやまなのだけど、ここで紹介したいのは冬のホタルである。 動植物名は基本的にカタカナで記すようにしているが、ここだけは一度ぐらい、こう書きたい。 冬の蛍――。 漢字を使うことで、より神秘的、幻想的な色合いが濃くなる、ような気がするのだ。   多くの人が誤解しているようだが、日本にいるホタル45種の大半は水辺にべったり張り付いているわけではない。ゲンジボタル、ヘイケボタルに代表されるほんの数種が川や田んぼなどで生活するだけで、残りは陸のホタルである。ゲンジ、ヘイケの方こそホタル仲間の異端児であるのだが、日本人の心情に合うのか、古くから愛され、ホタル界のスターとして文字通り光り輝いてきた。 ところが、である。石垣島や西表島に行くと、体長2センチにもなる巨大なホタルが存在する。いってみれば、こちらはホタル界の横綱だ。ぼくが石垣島で見たのはオオシママドボタルというもので、胸のあたりに透明な窓のようなものがあり、それが名前の一部に採用されている。   ゲンジやヘイケは、淡水性の貝であるカワニナをえさにする。だから、水辺を離れるわけにはいかない。それではその他大勢の陸にすむホタルは何を食べているのかというと陸貝、つまりカタツムリの仲間なのである。カタツムリを襲う虫として名を成したのはマイマイカブリだが、どっこり、ホタルだってカタツムリを襲うのだ。 このオオシママドボタルが面白いのは、メスの姿である。成長しても幼虫のような感じで、普通にイメージするホタルとはまったく異なる。いわば、「蓑虫」として知られるオオミノガのメスみたいなものである。いつまでたっても幼児体形のままであるのだが、その体格は大柄ホタルであるはずのオスのざっと2倍はある。まさに、ノミの夫婦状態だ。交尾するために背中に乗っかったオスなんぞ、母親にしがみつく乳のみ児にしか見えない。   初めて訪れた石垣島では、闇夜に薄ぼんやりと輝く光が地面をゆっくり移動するところを目撃した。ところが哀しいかな、そのときにはまだ、このホタルに関する知識を持ち合わせていなかった。発光する生きものとしてはホタルを第一に思い浮かべるのが素直だというのにそれ以上確めることをせず、「ま、ホタルの幼虫でしょうな」ということで幕を引いてしまったのだ。いま思えば、きわめて残念なことをしたものである。 それから幾星霜。ついに、その巨大ホタルの姿を拝むことができた。 オスである。しかも白昼堂々と、食堂の屋外テーブルの椅子にへばりついているところを発見した。 「ホタル? ああ、いまごろはよく見かけるよ」 店の主人に尋ねると、さも当然という声が返ってきた。師走にもなって飛ぶホタルなんてさぞかし珍しいと思うのだが、そこではこれが普通、冬のホタルこそ、ホタルがホタルらしくいられる季節なのであった。   この時期に島を訪れた虫好きは、オオシママドボタルのオスが舞うところを見たいと願う。ゲンジやヘイケのように点滅することはないが、いかにもホタルらしい光を夜空にともすところが見たいのだ。 ところが意外にも「メスは見たけど、オスが見つけられんだわさ」なんていう声を聞くことが多い。ぼくは逆にメスを明るいところで観察したいのに、見つけられずにいる。鳴くセミよりも鳴かぬホタルが身を焦がす、という。相思相愛といかないのが世の常とあきらめることにしよう。 ――という気持ちは、さらさらない。「次の機会には絶対見つけたるわい!」などと、いじいじ、うじうじ、心に誓うのであった。   ともあれ、オスは数匹、確保した。観察するために透明の容器に入ってもらい、まじまじと見た。背中も腹も。 そのとき、ぼくは気づいてしまったのだ。このホタルはなんと、ゴキブリの親戚ではないのか、と。 捕まえたときからなんとなく感じてはいたのだが、写真を撮るためにマクロレンズをつけてファインダーをのぞいたとき、そこにはゴキブリがいたのである。 もしやと気になって調べたら、南米のエクアドルには光るゴキブリがいるそうだ。 やっぱりゴキブリとホタルは親戚筋なんだなあ。 といっていいものか。 これもまた「?」の引き出しにしまい込み、まあいつか、答えがみつかるでしょう、などと、の~んびり構えるのだ。(了)     写真 上から順番に ・大型種のオオゴマダラ。沖縄を代表するチョウとして挙げる人が多い ・宝石のような輝きを持つナナホシキンカメムシ。臭いカメムシのイメージを覆す美麗種だ ・田んぼでも見つかるヘイケボタル。これは一般の人にもなじみ深い ・ちょっと失礼。オオシママドボタルをひっくり返すと、ちゃんと発光部分があり、間違いなくホタルだと分かる ・オオシママドボタルの雄成虫。ゴキブリに見える? やっぱりホタル?
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コラム:クズ虫――悩ましい立場のちがい(むしたちの日曜日110) |
久しぶりにレモンの木を見た。観光施設の片隅で、実をいくつか、ぶら下げていた。
――へえ、珍しいなあ。
と思った瞬間、その葉にアゲハチョウの幼虫がいるのに気づいた。しかも顔を近づけただけで、にゅっと角を出す。
臭角だ。その名にた... |
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