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遺伝子組換えと温暖化防止の関係は? (松永和紀の「目」12)  2011-01-05

●科学ライター 松永和紀  

 
 遺伝子組換え? そんなもの、日本で栽培していないし関係ないよ―。生産者の中にはそう言う人が多いかもしれません。でも本当は、遺伝子組換え作物は日本人の生活と深い関係があります。日本には大量の組換え作物が輸入され、飼料や食品原料となっているのです。そして、その栽培による温室効果ガス排出抑制効果が最近、注目されています。
 今回は、意外に身近な遺伝子組換え作物の現状と温暖化防止に向けて果たす役割について、紹介しましょう。
 

 日本は、どれくらい遺伝子組換え作物を輸入し使っているのでしょうか?
 実は、この数字ははっきりとは分かりません。遺伝子組換え作物が世界で一番多く栽培されている国、米国では、組換え品種と非組換え品種が区別されず混ぜられて流通することが多く、組換え品種がどれだけの量、日本へ行っているかを把握することができません。しかし、米国の栽培における組換え品種の割合は分かっており、そこから類推することはできます。
 
 
 例えば、トウモロコシ。日本は2009年、約1600万tを輸入し、飼料や異性化液糖(清涼飲料水などの原料として使われる)、コーンスターチなどとして利用しました。そのうちの96%は米国から。そして、米国でのトウモロコシ栽培面積における組換え品種の割合は85%にも上っています。したがって、単純計算すると、日本に輸入されるトウモロコシの約7割は、組換えトウモロコシということになります。
 肉や卵を食べ牛乳や清涼飲料水を飲み、加工食品を口にする一般的な日本人のだれもが、遺伝子組換えトウモロコシを食べ、その恩恵を受けているとみられます。
 
 ダイズを原料とする豆腐や納豆には「遺伝子組換えでない」と表示されていることが多いため、ダイズは違う、と考える人は多いでしょう。しかし、ダイズの輸入も同様の計算で、組換え品種が6〜7割を占めると見られています。たしかに豆腐や納豆用に輸入されるダイズは、非組換え品種。しかし、輸入されるダイズの主な用途は食用油の原料であり、その搾りかすが家畜の飼料となります。食用油は、組換え作物を原料として製造しても、表示をする必要がないので、多くの人がトウモロコシと同様に気付かないうちに組換えダイズを口にしているのです。
 
 組換え作物の商用栽培が始まったのは1994年。今では、食品安全性や環境影響について各国の機関が審査し、認可されたものだけが栽培や食料、飼料としての販売を認められる制度が確立されています。多くの品種が商用栽培されていますが、認可後に食品としての安全性に疑問が出て認可取り消しとなった品種はありません。また、環境や生物多様性への影響も未だ確認されていません。
 
 日本では、遺伝子組換えナタネが輸入後の輸送中にこぼれて道路際に自生しているのが見つかっており、市民団体などが批判しています。しかし、非組換えナタネも同様にこぼれて自生しており、環境省や研究者は組換えナタネと非組換えナタネの影響は自然界においては同じであるとして、どちらも問題視していません。また、組換えナタネと在来ナタネとの雑種も08年度に1例、確認されていますが、在来ナタネ自体が日本固有の生物ではなく外来種であることから、これについても問題ではない、としています。
 
 次に、遺伝子組換え作物がなぜ、温暖化防止に貢献できるのかについても説明しましょう。国際アグリバイオ事業団(ISAAA)によると、理由は二つあります。
 
 まず、遺伝子組換え作物は、非組換え作物に比べて農薬の使用量が少なくなるとされています。そのため、農薬散布のために機械を使わずに済み、燃料を節約できるというのです。燃料を使うと温室効果ガスであるCO2が発生するため、燃料節約は温室効果ガス排出の抑制につながります。08年には12億kgのCO2削減につながったと見積もられました。これは53万台の車の削減に相当します。
 

遺伝子組換え技術によって除草剤耐性遺伝子を導入されたダイズ。だが、除草せずに栽培すると、雑草が繁茂しダイズの生育は非常に悪い(左) / 一方、ダイズと雑草の草丈が20〜30センチの時に除草剤を散布すると、雑草が枯れ除草剤耐性ダイズだけは生き残り大きく生長する(右)
 

アワノメイガの被害を受けた非組換えトウモロコシ(左) / 同じ場所に植えられた遺伝子組換えトウモロコシは、被害を受けず生長する(右)
 
 
 また、除草剤耐性作物によって不耕起栽培ができるようになったことも重要です。
 非組換え作物を栽培する場合は、栽培前に農地をよく耕し、雑草の種子を深く土に鋤込んで発芽できないようにしたり、根を切ったりすることによって、雑草が生い茂るのを防ぐのが普通です。これに対して、遺伝子組換え技術によって除草剤耐性という性質を持った作物は、雑草防除が非常に楽。農地を耕さずに組換え作物の種子をまき、しばらくたって除草剤耐性作物と雑草が共にある程度大きくなったところで、除草剤をまきます。すると、雑草は枯れますが、除草剤耐性作物は枯れず、そのまま大きくなってくれるので、雑草防除のためにさらに除草剤を使用したり機械除草をしたりする必要がないのです。
 
 この不耕起栽培のメリットについては、もう少し詳しい説明が必要でしょう。日本では、農地を耕すことが当たり前であり生産者の勤勉さの象徴であるようにみなされます。しかし、米国は違います。除草のために農地を耕すと土が軽くなり、広大な平野が続く米国の穀倉地帯では、強い風によって土が吹き飛ばされたり、水に押し流されたりして失われてしまうのです。
 
 この表土の消失は米国の長年の悩みだったのですが、遺伝子組換え作物の導入によって農地を耕さずにすむようになりました。その結果、土は失われず、炭素を多く含む有機物が土にしっかりと保持されます。これは土への炭素隔離、または炭素貯留と呼ばれ、これも土壌からのCO2排出抑制の重要な方法なのです。08年は、132億kgのCO2排出量削減、つまりは641万台の車減らしに相当したとみられています。
 
 日本では、こうした遺伝子組換え作物の長所が詳しく説明される機会があまりありません。一方で、遺伝子組換え作物に反対する市民団体の激しい活動が目に付き、アンバランスな感を免れません。まずは、多角的に情報を集め、みんなで議論し考えることが大事であるように思えます。
 
 
参考文献
国際アグリバイオ事業団(ISAAA)2009年度概要
環境省バイオセーフティクリアリングハウス

 
 
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