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ミノムシ―ひとり静かに見る夢は (むしたちの日曜日13)  2010-12-13

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 木枯らしが吹くころになると、どうしても木の枝に目がいくようになる。葉っぱが赤や黄色に色づき、はらはらと舞えばなおさらだ。空をバックに、渋い色合いのミノムシが自分たちの存在を主張し始める。
 それまで見向きもされなかったのは、幸いかもしれない。みのから顔を出し、ひょっこらひょっこら歩くところを鳥にでも見られたら最悪だ。おやつ代わりについばまれたりすれば、わたしの冬の楽しみも半減する。
 
移動中のオオミノガ
 7年ほど前のことだが、オオミノガが激減して騒がれだした。中国から忍び込んだ天敵寄生バエの一種が、暴れまくったからである。
 手口は巧妙だった。目標めがけて決死の覚悟で襲撃するなら、「敵ながらアッパレな奴じゃ」とほめてやりたくもなる。だが実際にはオオミノガの幼虫、つまりミノムシがえさにする葉っぱに自分の卵を産みつけ、それを知らずに食べたミノムシのからだに侵入して体内で成長するという〝隠れみの〟作戦だったのである。
 
 じつに姑息だ。それ以上に残念なのは、そんなやり方にまんまとひっかかる日本のミノムシが多かったという現実である。ところがよくしたもので、今度はその寄生バエに寄生するハチが出現し、最近はまたオオミノガが見られるようになってきた。
 わたしの住む千葉市でみる限り、往時の勢いはない。だが、オオミノガ激減事件がもたらしたのは、マイナス面ばかりではなかった。代表種であるオオミノガ以外のミノムシも目に入るようになったからである。
 
 チャミノガ、シバミノガ、ニトベミノガ……。ミノムシというのはいわば総称で、20種ほど知られている。みのをつくる材料も種によってまちまちである。
 完成後の形もまた、各自各様。緻密な設計図があったかのように素材を整然と並べるものがあれば、目につくものを手当たり次第に張り付けた、ぼろ着ファッション風のみのがある。そうかと思えば、三角帽子のようにつんと尖ったもの、細身を売り物にしたようなものもあって見る者を飽きさせない。
「ツヅミミノムシ」とも呼ばれるマダラマルハヒロズコガ
ミノムシはオオミノガ1種だけだと思っていた人は、ちょっとした衝撃を受けるにちがいない。
 
「ツヅミミノムシ」の異名を持つマダラマルハヒロズコガは、お気に入りのひとつだ。多くのミノムシのイメージと異なり、ひょうたん型のみのをこしらえる。「ツヅミ」とは「鼓」のことであり、そういわれればなるほど鼓に見えなくもない。
 この虫の面白いのは、みののどこから顔を出すのかわからないことだ。みのはきっちり綴られているように見えるのだが、まさに神出鬼没。キブンによって、あちらからもこちらからもひょこっと顔をのぞかせる。見ていて飽きない、不思議なミノムシである。
 
 かつては〝ミノムシじいさん〟なる人が各地にいた。ミノムシのみのを追いはぎのごとくはぎとり、財布やたばこ入れ、はては衣類にまで加工していた。そうした名人級の変わり者が絶滅に瀕していることもミノムシの減少以上にさびしいことだ。
 そんなことを思いながら手にしたミノムシを見ていたら、いたずら心が頭をもたげた。
素材を厳選して作ったようなみの
「ちょっと中を見せてもらうよ」
 胸のうちでつぶやいてみのを裂くと、現れたのはこげ茶色の芋虫だった。子どものころはよく裸にして、毛糸や色紙でカラフルなまゆを作らせたものである。
 
 小学校に呼ばれて、むしの話をしたときのことだ。鳴く虫やナナフシ、ダンゴムシの習性などを話したついでに、ミノムシにもふれた。ミノムシが長じて蛾になることは、大人でも知らない人がいる。小学生ならきっと驚いてくれるにちがいない……。
 よーし。
「ミノムシがおとなになると、どうなるか知ってるかな」
 正解が出るにしても、大半は「知らなーい!」と言うにちがいない。そう思った。
 ところが、である。返ってきたのは意外にも「蛾になる!」という答えであった。
 がっかりだ。しかたなく、「イモムシや毛虫は蛾になって……」と次の話にもっていこうとすると、こんどは「えーっ!」の大合唱が巻き起こった。いやはや、予想外の展開だ。当たり前だと思えることがそうではなく、少し前だと一部の子しか知らなかったことが常識になっている。
 もう少し詳しくいうと、蛾になるのはオスだけだ。多くのミノムシのメスは生涯、みのから出ない。性フェロモンをまき散らしてオスを誘い、交尾ののち産卵する。卵はみのの中でかえり、時至れば幼虫たちは風に揺られて新天地を目指す。それが父親探しの旅でないことは、たしかである。
 
芸術的なみのの下には、羽化したあとのさなぎが見える
 ミノムシを鬼の子として紹介したのは、清少納言だった。『枕草子』には、親である鬼に捨てられた子が「ちちよ、ちちよ」とはかなげになきながら待つ様子まで描かれている。
 鬼でもオバケでもロボットの子でもかまわないが、問題はその声である。「ちちよ、ちちよ」となくのは何者かという疑問が解けないと、なんとも落ち着かない。
 いまだに諸説飛び交うが、個人的に推したいのはカネタタキ説である。チンチンチン、あるいはチッチッチと表現される鳴き声の虫で、わが家の周辺では12月に入ってもさびしげに鳴いている。
 
 ふと思うのは、このまま温暖化が進むとどうなるかということだ。「こんなみの、暑くて着てられるか!」などとヤケを起こしたりされたら、冬の風物詩もなにもあったものではない。しもやけやあかぎれができても、冬はそこそこ寒いのが一番である。(了)
 
 
写真 上から順番に
・移動中のオオミノガ
・「ツヅミミノムシ」とも呼ばれるマダラマルハヒロズコガ
・素材を厳選して作ったようなみの
・芸術的なみのの下には、羽化したあとのさなぎが見える

 
 
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