ログイン会員登録 RSS購読
こんにちは、ゲストさん
トップ > コラム
コラム
コラム筆者プロフィール
前を見る 次を見る
カブトエビ―謎の多い外来者 (むしたちの日曜日6)  2010-05-12

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
田んぼに突然現れたカブトエビ
 カブトエビが好きだ。
 そういうとよく、こんな答えが返ってくる。
「ほほう、あれですな。フライパンみたいな形をした“生きた化石”――」
 かたい甲羅に身を包み、剣のように尖った尾を持つ生き物のことだが、それは勘違いというものだ。
 そいつは海にすむ体長50~60センチにもなるカブトガニである。進化の貴重な生き証人として、繁殖地が天然記念物に指定されている。
 
 対するカブトエビは淡水性で、せいぜい10円玉ぐらいにしかならない。しっぽだって、二股に分かれている。多くの場合、田んぼに出現し、突然姿を見せては話題をさらう。
 まさに神出鬼没。出現を歓迎する人たちにとっては、高額の宝くじに当たったみたいなものである。
 
腹側には四十数対のあしがある
 彼らは四十数対のあしを持ち、泥をかきまぜて雑草の光合成を阻み、若い芽をかじって除草に力を貸す。そこで農家からは、「田んぼの草とり虫」の呼び名を頂戴している。
 カブトエビをひっくり返すと、三葉虫に似ていないこともない。それもそのはず、こちらもカブトガニと同じ「生きた化石」であるからだ。
 不思議なのはその生態である。何の前ぶれもなく、田んぼの底をはいずり回っているところを栽培熱心な農家に目撃され、「すわ、一大事!」となって、マスコミの知るところとなる。
 まるで、何もないところからウジがわくような感じだが、ハエだって卵を産まない限り、ウジを出すことはできない。カブトエビにしても人知れず、その卵が田んぼに侵入していたのだ。
 
突然変異で生まれた「紅カブトエビ」
 この古代生物の生き残りは、実をいうと外来種である。だれかの靴にくっついた卵が飛行機でやってきたとか、風が運んだのだとか、諸説ある。日本国内では、アメリカ・アジア・ヨーロッパの名を冠した3種の生息が確認されている。
 しかも、その卵はおもちゃ屋で売られたり、学習雑誌の付録になったりしたことがあるため、農業と縁のない人にも知られている。
 
 日本にいる3種のうち、アジアカブトエビには雌雄が存在して交尾もするが、そのほかはメスだけでふえていく。俗にいう、単為生殖である。
 オスが不在・不要の例ならいくつもあるが、カブトエビが特殊なのは、同じ年に産んだ卵が一斉にかえることはないということだろう。翌年のふ化数は3分の1程度にとどまり、残りは有事の際の保険として眠り続けるという。なんともはや、実にあっぱれな家族計画ではある。
 
カブトエビの卵。直径は0.5mmぐらい
 カブトエビは一般に、堆肥を投入し、化学農薬を使わない田んぼでの出現率が高い。だが、除草に役立つからもっとふやそうとして化学物質を遠ざけ大切に管理し続けると、何年か経つうちに少しずつ減っていく。
 そうかと思うと、転作で一時的に畑にしていたところで米づくりを再開したところ、にわかに発生したという例もある。卵のうちは農薬にも比較的強いらしく、その辺にも長寿の秘密が隠されていそうだ。愛情をかければ応えてくれるというものでもないところは、やはり変わり者というべきか……。
 
 ともあれ、けったいな生き物が好きなわたしは、最初の出会いで、当然のごとくカブトエビにはまった。何度も飼育し、飽かずながめてきた。ふ化してしばらくはプランクトン状態だが、そのうちカブトガニもどきの姿になり、雑草だけでなく、えさとして与えれば、うどんでもメロンでも食べて大きくなる。
 
正面から見ると、まるでUFO?
 しかも卵は乾燥に耐え、十数年放置したものでも水に入れればほどなくふ化する。原産地では岩のへこみにたまった水の中でも繁殖するから、まさに砂漠的な生き物だ。
 温暖化が進むと、各地に乾燥地が広がるだろう。そこで生き残るのは、このカブトエビのようなたくましい生き物である。3億年もの長い間、姿かたちも生き方も変えず、血をつないできた。流行を追わず、かたくなに進化を拒む生き方には学ぶ点もあるように思うが、かなしいかな、凡人にできるのはせいぜい、何枚ものダメ写真を撮ることぐらいである。(了)
 
 
写真 上から順番に
・田んぼに突然現れたカブトエビ
・腹側には四十数対のあしがある
・突然変異で生まれた「紅カブトエビ」
・カブトエビの卵。直径は0.5mmぐらい
・正面から見ると、まるでUFO?

 
 
コラム記事リスト
2024/11/19
クズ虫――悩ましい立場のちがい(むしたちの日曜日110)
2024/09/18
トカゲ――雨乞いか害虫退治か(むしたちの日曜日109)
2024/07/18
きのこ虫――近くて遠いふるさと(むしたちの日曜日108)
2024/05/22
アシヒダナメクジ――闇にまぎれて花に酔う(むしたちの日曜日107)
2024/03/21
C字虫――穴の中から飛びだして(むしたちの日曜日106)
2024/02/27
寒暖変動しながら暖冬(あぜみち気象散歩102)
2024/01/19
コブナナフシ――草むらにひそむ龍(むしたちの日曜日105) 
2023/12/26
2023年レベルの違う高温(あぜみち気象散歩101) 
2023/11/20
シロヘリクチブトカメムシ――ふたつ星から星のしずくへ(むしたちの日曜日104) 
2023/10/30
長かった夏(あぜみち気象散歩100)
次の10件 >
注目情報
  コラム:クズ虫――悩ましい立場のちがい(むしたちの日曜日110)
注目情報PHOTO  久しぶりにレモンの木を見た。観光施設の片隅で、実をいくつか、ぶら下げていた。  ――へえ、珍しいなあ。  と思った瞬間、その葉にアゲハチョウの幼虫がいるのに気づいた。しかも顔を近づけただけで、にゅっと角を出す。  臭角だ。その名にた...
もっと見る