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クサギカメムシ――はたしてどこまで悪者か(むしたちの日曜日112)  2025-03-18

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 今年も花粉症のシーズンがやってきた。付き合いが始まってからかなりの年数になる。
 そこで 思うのは、カメムシとの関係だ。温暖化の影響もあってカメムシ類のいくつかは北上していると聞くのだが、実際のところどうなのか。ごく狭い範囲の自分の身のまわりだけのことで考えると、カメムシが本当に増えているのか、あるいは減っているのか、 それさえもよくわからない。
 
 
 
 農業との関係でいえば、果樹カメムシと斑点米カメムシが有名だ。温暖化の影響があるとしたらどれも同じかと思うが、花粉症とのかかわりを考える場合には、果樹カメムシの方だろう。
 その代表種はチャバネアオカメムシ、ツヤアオカメムシ、クサギカメムシの3種とされる。実際には、クサギカメムシを除く2種がどうやらあやしい。
 ――といったことをよく耳にする。
 スギ・ヒノキの球果はチャバネアオカメムシ、ツヤアオカメムシの重要なえさであり、その豊凶が繁殖を左右するといった情報だ。クマの出没とドングリの関係のようで、体格の大小を抜きにすれば、なんとなく納得したくなる。
 
 そんなことからスギ花粉の飛散数が球果量の指標となり、花粉がよく飛ぶ年はカメムシの越冬密度や誘殺数の増加につながる。そんなことが広く知られるようになった。
 そんなことがわかってきたのも、果樹を害するカメムシがいたからだ。果樹農家にとっては死活問題だから研究が進み、それが花粉症に泣かされる人たちの役に立つ情報ともなった。それを知ったからといって症状がやわらぐわけでもないのだが、因果関係が明らかになっただけでも気は楽になる。
 情報を活用しようとする人は、早めの対策を心がける。カメムシの発生予測にもとづいて、洗濯物を室内に干すこともあるだろう。
 
  
 
 スギ・ヒノキ花粉の飛散には、気象条件もからむ。地球温暖化の影響で植物の生育できる期間が長くなれば、花粉・カメムシともハップンし、ますます仲間を増やそうとする。するとそれに負けず研究も進んで情報の精度や貢献度も高まるはずだ。そして花粉症に苦しむ人たちにとっての福音となる。
 
 厚生労働省が掲げる成人の1日当たりの果物摂取量は200gだが、現実にはその半分しか食べられていないとか。そう考えると、花粉弱者であるわれわれはもっと果物を食べて、果樹農家に恩返ししなければならない。果物のおかげでそれまでわからなかった事実が明るみに出たと考えれば、そういう気持ちにもなる。
 
 だが、ここでちょっとした疑問がわく。
 といってもたいしたことではなく、わが家の周辺ではチャバネアオカメムシ、ツヤアオカメムシに滅多に出会わないということだ。それに比べると、クサギカメムシとの遭遇率は高い。
 そうした微視的な理由から、3大果樹カメムシの中ではクサギカメムシが最も気になる。それなのに、こと花粉症問題ではほかの2種に置いてきぼりにされている。
 ――クサギカメムシはなんだか、気の毒だなあ。
 同情するつもりはないのだが、やはり気になる。
 その原因も、スギやヒノキに関係するようだ。
 チャバネアオカメムシ、ツヤアオカメムシはスギ・ヒノキの球果をおもな食料・繁殖場所にするのに、クサギカメムシはその2樹種への依存度が低い。リンゴ、ナシ、ダイズなどに頼ることはあっても「スギ・ヒノキの世話にはならん!」と思っているのかどうかは知らないが、花粉症患者にも「なーんだ、おまえはそういうヤツなのか」と見放されている、ような気がする。花粉症に毎年いじめられていると、関係がないなら首を突っ込むなと言いたくもなる。
 クサギカメムシは、幅広い植物をえさにする。その数は100種類を超すともいわれ、その点でもほかの2種とは区別される。
 越冬場所も家屋などの構造物であることが多いため、まちに暮らす一般消費者の目にもつきやすい。対するチャバネアオカメムシは落葉樹、ツヤアオカメムシは常緑樹で冬を越す。
 果樹農家にとっては、クサギカメムシも油断ならぬ相手である。しかし、3人に1人が花粉症に悩まされる現代社会では、スギ・ヒノキとのかかわりが薄いことでいくらか地味なカメムシにも思えてくる。今世紀末には花粉の飛散量が40%も増加し、飛散期間も長期化するとの予測もある。そうなればなおさら、チャバネアオカメムシ、ツヤアオカメムシの動向は気になり、「クサギカメムシなんぞにかまう暇なんぞ、あるものか!」となるのだろうか。
 体色の話だった。
 チャバネアオカメムシ、ツヤアオカメムシが基調とする色は緑だが、クサギカメムシは茶色っぽい。地味だと言われても、致し方あるまい。
 そうなるとなおさら、天邪鬼としてはクサギカメムシの真実が知りたくなる。
 
 そう思って調べると、こんなことがわかった。
 まずもって興味深いのは、卵のふ化だ。
 ここにクサギカメムシの卵が、30個ほどかためて産んであるとする。球形の卵には不思議な三角マークが付いていてそれも面白いのだが、とりあえずは無視しよう。
 産卵後しばらくすると、ふ化の時期になる。
 と、最初の1匹の卵の殻が割れる。
 その時かすかな振動が生じることは想像できるが、たったの0.0003秒というきわめて短いパルスなのに、まわりの卵もその振動を感じとって、一斉にふ化するというのだ。
 もはや、オドロキ桃の木である。そしてそれを調べた人たちがいたことにもびっくりである。
 一斉にオギャーとなれば、天敵から身を守りやすいのだろうか。
 それとも、同時に産卵されたきょうだいに襲われるのを防ぐための知恵なのか。
 それにしても、植物の汁を吸って生きるクサギカメムシが、サシガメ類のように共食い的なことをするのだろうか。
 そんなあれこれも知りたくなってくる。
 クサギカメムシが果樹カメムシのひとつであることは否定しようがない。
 だが、こと幼虫に関する限り、果実はそれほど好まないという。名前の源にもなったクサギやキリ、コウゾなどの植物の汁がお気に入りらしい。
 
 
 
 天敵ということでは、ヤドリバエや卵寄生バチだろうか。クサギカメムシの卵では見ていないが、カメムシの卵に寄りつく寄生バチは何度か見た。野外を散策中に、モズのはやにえになっていたカメムシを見たことがあるし、シジュウカラ、ムクドリによるカメムシの捕食も観察されている。自然界はまったく、油断もスキもならないのである。
 クサギは臭い木として知られる。だからというわけでもないのだろうが、クサギカメムシも臭いことでは一級だとされる。
 だが、これまでに臭い思いをしたことはない。「それは花粉症による鼻づまりのせいじゃないの?」とからかわれたこともあるが、要は接し方だろう。
 「おぬし、カメムシだな! 許さん!」
 問答無用とばかりにはたき落そうとしたら、イタチの最後っ屁のようなものを噴射されるかもしれない。
 そうではなくて、「どうか、お引き取り願えないでしょうか」と低姿勢で頼むようにそっと払えば、穏やかに去ってくれるかもしれない。
 そんなことを考えていたら、友人が「カメムシを追い払うクモグッズもある時代だから、何があっても不思議やないで」と語りかけてきた。
 オニヤンマの作りものをぶら下げると蚊が寄りつかないというので何度か試したが、クモをモデルにしたものでカメムシが避けてくれるのか?
 その真偽はクサギカメムシのみぞ知るということかもしれないが、この夏にはぜひ、試してみたいことのひとつになった。
 カメムシさん、ありがとう!
写真 上から順番に
・左:リンゴ園でもカメムシはきらわれ者。北上するカメムシが増えているから、北国も心配だ
・右:果樹カメムシの一種として有名なチャバネアオカメムシ。あまり見たくない
・左:スギの花粉が飛ぶシーズンの到来。カメムシとの関係がよく知られるようになり、これまで以上に気になる人も多いようだ
・右:ツヤアオカメムシの幼虫。こうして球果の汁を吸っていく
・クサギカメムシ。意志が強そうな、なかなかの面構え?
・クサギカメムシは代表的な果樹カメムシだが、好きなものは果樹に限らない
・きれいに空っぽになったクサギカメムシの卵。一斉ふ化の効果を感じる卵の殻だ
・左:カメムシの卵のそばにいた寄生バチ。卵の上に乗ったり降りたり、うろうろしていた
・右:モズがこしらえた「はやにえ」。メニューはカメムシの一種だ
・クサギの花。臭い樹木として知られるが、花は美しい。クサギカメムシもその美に魅せられたのかも

 

 
 
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