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クズ虫――悩ましい立場のちがい(むしたちの日曜日110)  2024-11-19

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 久しぶりにレモンの木を見た。観光施設の片隅で、実をいくつか、ぶら下げていた。
 ――へえ、珍しいなあ。
 と思った瞬間、その葉にアゲハチョウの幼虫がいるのに気づいた。しかも顔を近づけただけで、にゅっと角を出す。
 臭角だ。その名にたがわず、臭いにおいを発散する。ひとによって感じ方は異なるが、何日も履き続けた靴下のにおい、鼻につーんとくるすえたにおいである。
 それでもなぜかうれしいのは、しばらく嗅いでいないからだろう。
 写真を撮ろうとして体をつつくと、にゅっ。
 シャッターを押そうとすると引っ込め、思うように撮れない。それでも負けずに数回くり返すと、そのうち相手にされなくなった。
 
 しかたなく別の個体を探した。すると今度は別の木に、より若い個体がいた。
 ナガサキアゲハのように見える。2齢幼虫だろうか。
 首をかしげると、そいつも臭角を伸ばしてきた。
 にゅっ。
 ――あれっ?
 ナガサキアゲハの幼虫なら、臭角はオレンジ色だろう。それなのにそいつは、透明感のある角を伸ばしているのだ。
 臭角の中には天敵を遠ざける化学物質が入っていて、おもちゃの吹き戻し笛のようにして突き出す。ナガサキアゲハだと若い幼虫と終齢幼虫とで成分が異なるらしいが、それ以前に、臭角の色が透明なのが気になる。頼みの化学物質が空っぽになったのだろうか。
 そういえばキアゲハの幼虫でも、同じように透明の臭角を見たことがある。イモムシは苦手でそれ以上調べていないので、謎のまま抱え込んでいるが……。
 
 それはともかく、その幼虫の臭角の後ろにあるトゲを見ていて思い出したのがジュズダマだ。散歩コースのいくつかで、よく見る。
 ジュズダマの葉をえさにするチョウの一種に、南方系のクロコノマチョウがいる。地球温暖化に伴って生息範囲を広げているらしく、千葉市のわが家の近辺でもたびたび目にする。
 クロコノマチョウはジャノメチョウの仲間だから、幼虫はネコ顔だろう。
 ずっとそう思っていたのだが、ネコの耳よりも長いようで、ウサギ顔に見立てる人もいると知った。
 だったら、見てみたい!
 それでこの夏は何度か、ジュズダマが生える場所に出かけ、どこぞにおらんかいなと探してみた。
 しかし、いっこうに見つからない。その代わりに観察できたのが、ジュズダマの雌しべのひげである。ナガサキアゲハとおぼしき幼虫を見て思い出したのは、そのひげだった。
 
 ジュズダマはなかなか複雑な植物、というか変わりものだ。その花や実のつくりに踏み込むと面倒だからさらっと言うと、「実」とか「壺」、「数珠玉」と呼ばれる部分は雌花を包む葉が変形したものだそうで、「苞鞘(ほうしょう)」あるいは「苞葉鞘」と名づけられている。
 じいさまのひげのように雌しべの柱頭が苞葉鞘から外に出て、風に乗って飛んでくるほかの株の花粉をキャッチする。それは、自分の花の花粉で受粉しないための知恵や工夫なのだろう。雌しべが先に出て、柱頭がしおれるころになると雄しべが顔を出す。
 ということで、白い2本のひげやブラシのように見えるものは柱頭なのだ。クロコノマチョウの成虫はたびたび目にするものの、イモムシ系が苦手だ。そんな人間に、ウサギ顔の幼虫なんてまず見つからないだろうと思っていた。
 したがってジュズダマ観察の主たるねらいは、白ひげだった。それが見られただけで満足である。
 だがしかし、せっかく来たのだ。ほかの虫でも探そうと思ってあたりを見ると、裏見草がいっぱい生えていた。
 「うらみぐさ」と口にすると、多くの人が頭の中で「怨み草」と置き換える。その正体はクズの葉で、風が吹くと裏側が表であるかのように見えることから、「裏が見える草」と認識するようになったのだろう。野歩きをしていれば、見るたびに、なるほどなあと思える。
 万葉びとはなにかと意味を持たせるのが好きだったから、「怨み草」として和歌に詠んだ。まあ、世の中ままならぬことが多いので、しかたあるまい。
 そんな風が吹く日だった。クロコノマチョウの幼虫が見つからぬ怨みごとをつぶやきながら、裏側を見せるクズの葉の表を見て歩いた。
 
 クズは、臭いことで優秀なマルカメムシが群れ集まるつる草だ。マルというほど丸くないのだが、丸っこい形をしたカメムシということでは間違っていない。よろしくないのは、クズに集まりすぎることだ。
 そのマルカメムシが同じ草を利用する邪魔者とみているのかどうか知らないが、ホシハラビロヘリカメムシもクズの常連としてよく姿を見せる。
 いくらかホッとするのは、「パンダ虫」「パンダゾウムシ」のあだ名をもらったオジロアシナガゾウムシもいることだ。体形も白黒模様のデザインも、なるほどパンダを連想させる。
 
 
 
 そんなクズ昆虫園に、ハムシも何匹かいた。あの葉、この葉と、何枚ものクズの葉にとまっている。
 黄色というのかオレンジ色というのか、あの体色と姿から判断すると、わが菜園でもよく見かけるウリハムシに相違あるまい。あらためて周囲のクズの葉を見ると、見事というのか無残にもと同情するのか迷うところだが、ぼろぼろになった葉が何枚も見つかった。
 
 正しい名前が判明するのはその少しあと、虫に詳しい友人と話していたときだ。
「……そういえば今年は、クズの葉にウリハムシがたくさんいてね」
 ほんの軽い気持ちで話題にした。
 すると、彼の反応は予想とちがった。
「もしかしたらそれ、ハムシの外来種じゃない? クズクビボソハムシってやつが増えているらしいよ」 
「えっ?!」
 それで初めて、合点がいった。中国からやってきて、2016年に確認されたのが最初らしい。
 葉のあちこちがかじられているが、その食べ痕はよく見るウリハムシのものではない。
 見た目はなんとなく似ているし、ローガンなので、裸眼ではちっこい虫が見にくくなっている。だが、ちょっと考えればおかしいと思うべきだった。
 
 
 
 
 ウリハムシは、名前からして「ウリ科が好きだよーん!」とアピールしている虫ではないか。それに葉をかじる前には、円形の溝というのか傷をつける。そうやって苦い部分をシャットアウトしてから、おもむろに葉を食べる。
 ところが新参者であるクズクビボソハムシの食べ痕はどうだ。気に入ったところから、わき目もふれずにガシガシ食べるような印象がある。その結果、クズの葉は穴だらけになる。葉脈だけ残して、ぼろぼろになるまでかじる。うまいと感じる葉には集団で襲いかかり、見るも無残な姿にする。
 
 それ以来、クズの葉の虫をよく見るようにしているが、クズクビボソハムシがいるのはいまのところ、限られた場所だけのようである。
 数カ所見てまわると、幼虫のいる葉があった。黒っぽく下膨れたような幼虫で、自分のウンコを背負っている。きっとカムフラージュのつもりだろう。
 その外見を抜きにしても、人間の目からするとコドモである幼虫はかわいくない。そんなヤツらに食われるクズの葉は、「うらみぐさ」らしい怨みごとを言っているかもしれない。
写真 上から順番に
・臭角をにゅっと伸ばしたナミアゲハの幼虫。きれいなオレンジ色だけど、においは強烈だ
・臭角が透き通ったアゲハチョウの一種。ナガサキアゲハの2齢幼虫だろうか
・クロコノマチョウ。ジュズダマにとまる成虫は何度か見たが、幼虫を見たことはないのが残念だ
・ジュズダマの苞葉鞘から頭を出した柱頭。雌しべなのに、ひげらしく見えるから面白い
・クズの葉の別称は「うらみぐさ」。怨みではなく、裏が見える草という意味のようだ
・左:ホシハラビロへりカメムシ。クズの葉の常連昆虫のひとつだ
・右:「パンダゾウムシ」こと、オジロアシナガゾウムシ。こうやってクズの茎にしがみつくのが得意のポーズだ
・左:わが家でもよく見るウリハムシ。ウリ科植物が好きな虫である
・右:外来種のクズクビボソハムシ。あしが黒いんだね
・左:ウリハムシは食事の前に、葉に溝を掘って苦み成分を遮断する。その痕は丸い
・右:クズクビボソハムシに食害されたクズの葉。これじゃあ、光合成ができないね
・クズクビボソハムシの幼虫たち。ウンコを背負っているけど、それは自分のもの?

 
 
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