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トカゲ――雨乞いか害虫退治か(むしたちの日曜日108)  2024-09-18

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
 古代中国ではトカゲが、まるで龍のように扱われた。
 「なるほど」と素直にうなずく人がいれば、「まさかあ」とまったく相手にしない人がいる。どんなことにも賛成・反対派がいるものだが、それにしてもあの神聖な龍とちっぽけなトカゲを同一視するなんて、なんとも興味深い。
 
 それにはどうも、トカゲの習性が関係する。トカゲが水を好むことから、干ばつ時の雨乞いのシンボルにされたというのだ。
 トカゲは何度も見ているが、水を飲む場面には数回しか出くわしていない。ましてや、飲んだ水を吐き出すところは一度も見たことがない。
 それでも、にわか観察者よりずっと自然に目を向けていた古代の人々のことだ。トカゲの行動から天界に通じる龍を思い、自分たちの手でなんとかなりそうなトカゲに置き換えた……ということにしておこう。まあ、辰年でもあるし。
 そうした思想はたいてい中国から伝わったものだが、日本でも福島県の会津地方には「トカゲを見ると明日は雨」、愛知県には「夏の夜に這いまわれば大雨」、岐阜県には「木に登ると雨」といった俗信がある。もう少し雨乞いに近づけると、秋田県の「殺したトカゲの腹を上に向けて置くと、雨が降る」といった例がある。
 
 そんなこんなで、トカゲと雨は縁が深い。「雪は天から送られた手紙である」の名言を残したのは物理学者の中谷宇吉郎だが、雨は古来、神からの贈り物だと考えられてきた。
 人間の力ではどうしようもない。だから、雨が降らないのは神の下した天罰だとみなし、許しを乞うための雨乞いをした。
 天に昇って雨を降らせるのが龍であり、龍神に祈って雨を降らせてもらい、作物が育つように願った。その際、龍に比べると小粒だが、もしかしたら龍の親せき筋に当たるかもしれないトカゲにも思いを託したのだろう。恐竜の子孫だと思えば、まったくの的外れでもない。
 ――とまあ、これは勝手な想像である。
 変温動物のトカゲは温度調節がへただから、雨が降ると体温が下がる。そこで雨を避けるように、物陰に隠れる。
 
 ところがそれを逆手にとって何匹も採集する人たちがいるから、トカゲには隠れる場所を選べと教えてやりたくなる。本気で雨乞いを考える人がいたら、トカゲがいないと困るからだ。
 「トカゲを3匹見ると天気が良くなる」(鹿児島県)という言い伝えもある。1匹だと雨で、3匹になると晴れるなら、天気予報に使えるかもしれない。アマガエルの天気予報の精度と比べてみたくなるではないか。
 
 さらに興味深いのは、「しっぽを切ると、幸運が訪れる」というものだ。愛知県や三重県、奈良県、広島県、愛媛県、長崎県など複数の県で、お金を拾う、財をなすと伝わる。
 たまたま見つけたしっぽの切れたトカゲではなく、わざわざ切ってやろうというところがみそだ。かけ離れた地域の例が理由もなく一致するとも思えないので、そこに導かれるような体験が何度もあったのだろう。
 しっぽが二股になったトカゲがたまに見つかる。そんなトカゲを見て、しっぽを切ってやれば利益が2倍になって返ってくると信じたのかもしれない。
 現代人はせいぜい、「トカゲのしっぽ切り」とたとえるだけである。良い意味ではあまり、使わない。トカゲの立場になるとそれはそれで悲しいのだが、どうしようもない。
 
 静岡県で、外来種のトカゲが話題になった。
 といっても外国から侵入したのではなく、沖縄県などからの国内外来種だ。国内の移動の場合、以前は外国由来のものと区別するために「移入種」と呼んでいたが、このごろはどちらも外来種として扱う。
 その話題のトカゲは、本来の生息地である沖縄県や鹿児島県の奄美大島で絶滅が心配されるキノボリトカゲだ。カメレオンを思わせるかわいいトカゲだから、それが本州でも見られるようになったらうれしい……と言いたいところだが、生態系を考えるとそうもいかない。
 地球温暖化が影響するのかどうか知らないが、もともといなかった土地に入り込んだら在来生物のくらしが乱される。だから外国由来であろうとなかろうと、自然界への影響は避けられないという理屈で「外来種」となる。
 沖縄県には、キノボリトカゲを草で釣る伝統的な遊びがある。イネ科やカヤツリグサ科のように茎が長くて細い植物で輪をつくり、それを首に引っ掛ける。イメージとしては、カウボーイの操るロープみたいなものである。
 だったら、本州にいるトカゲでもその技が使えるのか?
 その疑問に答えるように、実際に試す人は多い。ただし、草の茎をロープにするのではなく、ゴミムシダマシ科幼虫のミールワームやバッタなどをえさにする「トカゲ釣り」である。動きが素早いように思えるトカゲだが、目の前にごちそうがあると、その能力があだとなる。すぐさまパクっと食いついて、気の毒にもとらわれの身となるのだ。
 飼育を趣味にする人はそのままペットにするようだが、釣ることだけを楽しむ人もいる。
 そのあとは魚釣りと同様にキャッチ・アンド・リリースとなるのだが、どうせ逃がすなら、畑に放すのもよさそうだ。えさが豊富な楽園状態の畑で自由の身となったトカゲは、矢継ぎ早に害虫を捕まえて食べてくれるハズである。外国の話だが、カタツムリやナメクジを食べてもらおうと放し飼いにした植物園さえあった。
 トカゲ釣りを楽しみ、そのあとは畑で活躍してもらう。害虫退治すなわちごちそうを食べることだから、ギブ・アンド・テイクにもなるだろう。
 
 と思ったとき、頭に浮かんだのが田んぼの中干しだ。
 メタンガスの排出量を減らすのに役立つというので、中干し期間を長くしてはどうかという話がニュースにもなる。水稲の根張りが良くなりメタンガスも減らせるなら、一石二鳥ではないか、と。
 ところが、田んぼを生活の場とする生き物からすると、死活問題だ。そのため、中干し期間だけ一時的に避難する場所を設ければいいという意見もある。メタンガスの排出量を減らすか、田んぼの生き物の生活を守るか。その議論は、いかにも現代的ではある。
 同じことがトカゲにもいえる。キノボリトカゲの例もあるように、もともといた場所から別の場所に移すのは、あまり勧められたことではない。だとすると、トカゲを害虫退治に使おうというアイデアもよろしくない。
 
 なかなか難しい。何か、妥協案はないものか。
 思いついたのが、呼び込み作戦だ。
 連れだすのがいけないなら、呼び込めばいい。
 城を築くためにまず石を積んだように、害虫退治というねらいに向けて、石を積んだらどうだろう。
 カッコよくいえば、「エコスタック」だ。「スタック」は積み重ねるといった意味で、刈り取った木の枝や草を積み上げておけばそのうち、そうした環境を好む生き物が集まってくる。
 トカゲなら、大小さまざまな大きさの石を積み上げればいい。ちっぽけなわが家の庭でも、その効果は実感できた。
 たい肥置き場はカブトムシの幼虫が暮らす場所になる。同じようにトカゲの石御殿ができて害虫が減らせるなら、やってみてもいいかも。
 なーんて言えるのも、家庭菜園しか知らないからか。どこぞのどなたか、広い場所で、ちょいと試してみませんか。
写真 上から順番に
・水を飲むトカゲ。だけど、こういうシーンはあまり見ない。ましてや水を吐き出すなんて、見たことがない
・日照り続きの時こそトカゲの出番なのだが、どうやらお疲れのようですね
・トカゲが3匹一緒だった。これで明日は晴れるぞ……と期待したいが、飼育されていたものだからねえ
・急にこちらを向いたキノボリトカゲ。つかまえる気はないのだけど、気配を素早く察知したのだろうね
・花火のような花穂をつけるカヤツリグサ。沖縄の子どもたちはこうしたもので輪をつくり、キノボリトカゲを捕らえるという
・中干しをしている田んぼ。水稲の根張りが良くなり、メタンガスの削減にもつながるといわれる
・トカゲを呼ぶためのエコスタック。といっても、石を積み上げただけだけど

 

 
 
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