アシヒダナメクジ――闇にまぎれて花に酔う(むしたちの日曜日107) | 2024-05-22 |
|
●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治 |
キツツキという和名の鳥はいない。 それでもコゲラやアカゲラを見れば、総称としての「キツツキ」がいたと言っても支障はない。キツツキ科の鳥に属するからである。 異称として「ケラ」があるからケラ科があってもよさそうなものなのに、そうなるとこんどは昆虫のケラが所属するケラ科があるから、こんがらがってしまう。 同じようにハクチョウがそうだ。オオハクチョウ、コハクチョウなど、名前の頭に何かしらくっついている。だから漢字で「白鳥」とすればわかりやすいのだが、するとキツツキは「啄木鳥」と書くようになって、石川啄木は読めても「啄木鳥」が読めない人も多いから困る。   ナナフシの例もある。 この世に「ナナフシ」という和名のナナフシはいない。その代わり、ナナフシモドキは存在して、多くの場合、それを「ナナフシ」と呼ぶ。たいていは本家あっての「もどき」なのに、ナナフシは節が七つあるような昆虫ということでいきなり、「もどき」とされたようである。 和名に強制力はないのだろうが、ここで急に「ナナフシモドキはきょうから、ナナフシに改名します!」なんて宣言したら、いまこうしてそれをネタにしている人たちへの影響が大きい。 という判断がどこかで働いたのかどうかわからないのだが、ナナフシの代表はナナフシモドキということでしばらく使われるのだろう。   生き物の名前についての話題はいくらでもある。だが、できればなんとかならんものかと思うのが、アシヒダナメクジだ。 生き物に詳しい人はともかく、この名前を聞けばたいていはナメクジの仲間だと思ってしまう。そして世の中に、ナメクジをこよなく愛する人はそれほど多くない。 かくいうぼくも、そのひとりだ。ナメクジには申し訳ないが、何度かのナメクジさまご一行お引き取りツアーが好評だったようで、わが家の庭からナメクジの姿が減った。それでも、無銭飲食をそろそろやめていただいて良いのではないかと思い立ってから5、6年にはなるから、いきなり追い出したわけではない。 昨年は驚くほど減り、無傷のまま口に入る葉物野菜がずいぶん増えた。 どうしてもっと早くからそうしなかったのかと悔やむ気持ちもあるが、その一方でまた別の感情がわくから、人間とはつくづく面倒な生き物である。   「あれだけいたナメクジが減ったのは、すみにくい環境になったからかもしれないなあ」 なんとなく、つぶやいた。 するとすぐさま、温暖化と結びつけようとする意見が出る。 といっても、庭土全体が乾燥気味になったからではないかという、それだけのことである。 「かもなあ」 おそらく、深く考えたわけでもない返事がある。 「するってえと、もしかして、アイツもまた減ったんじゃないか?」 「うーん。かもなあ」
|
|
|
|
ムシ好きふたりの間でこそ成り立つ会話の主人公は、ヤマナメクジだ。いつかは生息地から外れると思っていたわが家の近くで、たった1匹だが、見つけることができた。それがよほどめでたいと思われたのか、数カ月にわたって、何かあるたびに「そういえば……」と話題に上った。 ご縁のない方々に説明すると、大人の親指ほどの太いナメクジだ。地元・千葉市で見たのは、7cmはある堂々としたものだった。 ヤマナメクジ見たさに福島県まで出かけたことがある。見れば、なんとなく幸せ指数が高まった。 そんな話をするからか、ナメクジが好きなスキモノとみられることもあるが、はっきり言ってナメクジは苦手だ。だからお引き取りツアーなんぞを計画したのである。 もっとはっきり、「嫌いだあ!」と叫んでもいいのだが、一部の種はやはり気になる。見たくなる。   ナメクジ談義をした友人とは以前、沖縄にすむヤンバルヤマナメクジの話で盛り上がった。沖縄にもしばらく出かけていないから、久しぶりに訪ねて、旧知のヤンバルヤマナメクジの近況を探ることにした。 沖縄島北部の「やんばる」が世界自然遺産に登録されて、数年になる。自然環境もいくらか回復し、ヤンバルヤマナメクジにとって生活しやすくなったのではないだろうか。 過去に、何度も見た場所がある。ヤンバルヤマナメクジは勢力を取り戻したのか。それを確かめよう。 いざ、沖縄へ――。 ところが、いつも見られた場所ではなかなか見つからない。半ばあきらめ、ほかの生き物でもいないかと出かけた場所で、ようやく1匹のヤンバルヤマナメクジに出会えた。 記録を見ると、前回見たのは5年前だった。そのときも、それ以前に比べるとずいぶん減ったように感じていた。まさかわが家のように、お引き取り作戦を展開したわけでもあるまいに……。   その晩。もうひとつのナメクジにあいさつすることにした。 アシヒダナメクジだ。一度しか見たことがなく、かれこれ10年前のことである。アフリカ原産とされ、温暖化の影響なのか、植木類の移動が原因なのか、九州で見つかったという話も聞く。 これがキツツキやハクチョウ、ナナフシと同じようにまぎらわしい。もっとも個人的にそう思うだけだから、世間一般にどうなのかは調査したことがないので不明だ。 ちょっと調べると、陸生の腹足類で、殻のない巻き貝だと解説されている。 その点ではナメクジの仲間であるように思えるのだが、勘違いする人が多いのだろう、「ナメクジとあるが、ナメクジとは別の系統だよ」という親切な補足がある。 だったら何の仲間かといえば、海岸で見かけるイソアワモチに近いのだ。沖縄県では「ホーミー」と呼ばれ、一部の地域で食用にしている。珍しい食習慣だというので、たびたびテレビで紹介されているから、知っている人もいよう。 イソアワモチは、磯で見つかる粟餅ではない。イメージの近いアシヒダナメクジがナメクジに間違われるように、わかりやすくいえば海のナメクジ、あるいはウミウシに似た生き物だと思えばいいだろう。  
   その日に宿泊したホテルの敷地内を歩くと、アシヒダナメクジは健在だった。 というか、以前に比べると増えているように感じた。1m四方に数匹いる場所もあって、気をつけないと踏んづけてしまう。 写真を撮るため、ライトで照らした。地面に落ちたハイビスカスの花をめざして集まるようである。 それにしても多い。 夜中にヘンなオジサンが地面に向かって写真を撮っていれば、気になるのだろう。就学前と思われる女の子2人と母親が寄ってきた。 「何がいるの?」 と、女の子。もっともな質問だ。 「ナメクジだよ。ほら、そこにもそこにもいるでしょ」 それを聞けばたいていはギャーとかキャーとか言ってすぐさま立ち去るのだが、その親子はちがった。母親は子ども2人を残して、部屋にカメラを取りに行った。 残った女の子たちは、気持ちが悪いと言うこともなく、じっと見ている。ナメクジそのものを見たことがないのか、直感的にナメクジとはちがうナメクジだと感じたのか……。
|
|
|
|
アシヒダナメクジはカタツムリ同様に雌雄同体の生き物だが、雄性先熟性雌雄同体という変わり者だ。卵巣などより先に精巣が発達するといった性質で、アシヒダナメクジの場合にはオスからメスに性転換するらしい。外見が変わるわけでもないので、見た目で見分けることはできないのだが、まあ、ヘンなやつではある。   「アシヒダ」の名前は、腹側の中央に幅の狭いあしがあることによる。 となれば、ひっくり返したくなる。 その裏側はナメクジのイメージとはかけ離れ、もはやアワビだ。それを見ればイソアワモチの仲間だということに納得する。食べたくもなる。 だが、広東住血線虫の中間宿主でもある。手を出さない方が無難だろう。 そんなヘンな生き物だという話の一部を、幼い女の子たちに話した。 「ふーん」 そう言って飽かずながめている。 ヘンな生き物は、ヘンなヒトも呼び寄せるようである。
|
|
|
|
写真 上から順番に ・コゲラ。有名なキツツキの一種だが、名前に「キツツキ」とは付かない ・ふ化したばかりのナナフシモドキ。「モドキ」と呼ぶが、これが一般的な「ナナフシ」だ ・アシヒダナメクジ 。皮細工のようにも見えるが、何よりもやっぱり、ナメクジに似ている ・わざわざ福島まで出かけて見たヤマナメクジ。堂々たる姿に圧倒された ・久々のヤンバルヤマナメクジは、見たこともない妖怪「ぬらりひょん」を思わせた ・左:友情出演のイソアワモチ。ナメクジではなく、アシヒダナメクジに似ている ・右:写真の1カットにおさまるのは数匹のアシヒダナメクジだが、こんな小集団が至るところにいた ・アシヒダナメクジは夜、ハイビスカスの花を求めて現れるのだと知った ・裏返したら、すぐに起き上がろうとしたアシヒダナメクジ。触角がちょっと魅力的かも  
|
|
|
|