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シロヘリクチブトカメムシ――ふたつ星から星のしずくへ(むしたちの日曜日104)   2023-11-20

●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治  

 
「今年はカメムシがやたらと多いんですよ。いったい、どうしたんでしょうね」
 関西の知人がいつになく、ぼやいていた。カメムシ自体は前からよく見るそうだが、いかんせん、今年はその数があまりにも多いという。
 
「どんなカメムシ?」
「普通の。あの緑色のカメムシ」
 ただでさえ種類が多いカメムシだ。しかも緑色なんて、わんさかいる。
 はてどれだろうと思っていると、スマホで撮ったという写真が送られてきた。ツヤアオカメムシのようである。
 
「こんなにいるから、つくだ煮にでもなれば、うれしいんやけどなあ」
 それはやめた方がいい。長年食べ続けてきた中国出身者から聞いた話だと、食べていいのは一晩水につけて臭みを抜いた茶色のカメムシに限る。緑色のカメムシには手を出さない、口にしないのが原則らしい。
 
 子どものころ、マヌケにも口を開けたまま自転車をこいでいて、カメムシを吸い込んだ。成人して一度だけ、炒めカメムシを数匹食べたことがある。そんなつたない経験しか持たないが、安心して食べられるはずの茶色のカメムシでさえ、とんでもない例外があることは覚悟しなければならない。
 
 それはさておき、ツヤアオカメムシである。
 体長はおよそ1.5cm。からだ全体が青い。青といっても日本の伝統的な色の呼び方に従うからで、現代風にいえばつやのある緑色、見たまんまの和名が付いている。
 
 農家には、チャバネアオカメムシ、クサギカメムシと並ぶ三大果樹カメムシのひとつとして恐れられる。かんきつ類やリンゴ、ナシといった果実にしがみつき、針状のくちで甘い果汁をかすめとる。その結果、奇形果となったり、落果したりする。なんとも困ったいたずら虫である。
 もともとは南方系のカメムシだが、いまは本州以南に生息する。しかもどんどん北上しているから、温暖化の影響も受けてはいるのだろう。
 一般の人が嫌うものでも、昆虫ファンにとっては魅力的に映る虫もいる。それでもツヤアオカメムシに関しては、そういう話を聞かない。
 もっとも、名前なんぞ、どうでもいいのだ。大量にいることが問題になる。
 個人的にはかなり以前、一度だけ泊まった東北の山あいの宿でカメムシ集団に遭遇したことがあるくらいだ。大群に手を焼くと聞いても、「ほんま、そうやなあ」と相づちの打てないのが残念であり、申し訳ない。
 それにしてもなぜ、カメムシが多いのか。
 専門家いわく、前年の夏が暑いとスギやヒノキの実が多くでき、それをえさにするツヤアオカメムシが増殖する。そして秋になるとそれらの木々を離れ、山から町へと飛んでいく。
 ここ数年、記録的に暑い夏が続いている。えさが豊富ならツヤアオカメムシは大喜びで、たぶん自分たちでも驚くほど仲間が増えている。大量の食料がある果樹園でも見つかれば、万々歳である。今年の夏の暑さから想像するに、来年もまたにぎやかなカメムシ年になるのだろう。
 
 そんな中、風変わりなカメムシの幼虫に遭遇した。黒っぽいのだが、ワインレッドのような部分もあり、何よりも黄色いふたつの丸が良いアクセントになっている。個人的にはどことなく価値がありそうな虫に見えた。
 端的に言って、かわいい。
 2、3匹連れ帰ろうと、とまっていたセイタカアワダチソウの葉をたたくと、何匹も一緒に捕れてしまった。
「こんなにいても仕方がないが……まあ、いっか」
 選り分けるのも面倒なので、そのまま家へ。
 調べてみると、シロヘリクチブトカメムシだった。かつては南九州以南に分布するカメムシだったが、20年ほど前には早々と、関東でも話題になっている。
 もはやそれほど珍しくないカメムシのようである。しかも温暖化の影響なのか、近年はさらに北上しているとか。東北の友人も、成虫なら見たことがあると話していた。
 
 ともあれ、ご近所で出会えたのがうれしいではないか。外来種のキマダラカメムシばかり目にしてきたので、そろそろ新しいカメムシさんを見たいと願っていたところでもある。
 名前に「クチブト」とあるように、肉食性だ。自然生態系の中にあって、チョウや蛾を獲物にしている。ということはつまり、イモムシ、ケムシを与えなければ飼えない。
 これは一大事だ。なにしろ、そうした幼虫類が苦手な虫好きなのだから……とは言っていられない!
 
 再び見つけた場所に出かけると、葉がドーム状になったヨモギに寄り集まる数匹を新たに見つけた。
 葉のすき間から中をのぞくと、虫のふんがたまっていた。そして、なにやら毛むくじゃらの、はっきり言えばケムシ型の幼虫の姿が見えた。
「ははあ。これはシロヘリクチブトカメムシのごちそうのひとつだな」
 葉の袋のようなので、見つけやすい。しかもケムシはその中に隠れているので、袋ごと回収すればいい。ケムシが苦手な虫好きが用意するのにもってこいの肉料理みたいなものである。
 パッと見ただけでも数個見つかったが、そのほとんどは空っぽだ。
 つまり、空き巣が多い。
「なんでやねん」
 心の中でツッコミを入れながら片っぱしから見ていくと、在宅中の3匹になんとか出会えた。
 ひとつだけ、恐る恐る中を開いた。ヒメアカタテハの幼虫のようだ。近くで舞う成虫もいたので、まあ間違いないだろう。
 
 そもそも、幼虫の素性はどうでもいい。シロヘリクチブトカメムシが食べてくれればいいのである。イモムシ、ケムシの食害に泣かされる農家が知れば、大喜びだろう。研究機関が利用法を模索した時期もある、ホープのひとつでもあった。
 だが、ぼくは違う。シロヘリクチブトカメムシの腹を満たすために採集しようとしているのだ。それでちょっと罪の意識もあるのだが、少しはカガクの役に立つかもしれないとココロをだまくらかし、犠牲になってもらうことにした。あとは観察あるのみである。
 袋から出ようとしないケムシを幼虫の群れに投じた。すると、3匹のうちの1匹がなぜだか外に出ようとして頭を出し、シロヘリクチブトカメムシの幼虫に見つかった。
「さあ、どうする?」
 と思いながら見ていると、幼虫は目立たぬように折りたたんでいた「クチブト」ゆえのぶっとい針をすっと伸ばし、自分よりはずっと大きい 獲物にぶっ刺した。
 予想では、そうなるはずだった。
 ところが、シロヘリクチブトカメムシの幼虫たちはおっかなびっくり針を繰り出すものの、すぐに身を引いてしまう。
 出して、引く。
 引いたとみせて、すっと伸ばす。
 せいぜい、ちくっと突いているだけだ。
 ヒメアカタテハの幼虫は、やられてたまるかとばかりに、巨体をくねらせ身をよじり、なんとかして攻撃をかわそうとしている。
 双方がしばらく同じ動作をくり返したが、シロヘリクチブトカメムシの共同作戦が功を奏したのか、ヒメアカタテハの幼虫はそのうち、くたんとなった。
 シロヘリクチブトカメムシには採集後の数日間、えさを与えていなかった。しかしそれまでのたくわえが腹の中にあったのか、あるいは肉食性ゆえに一定の飢餓に耐えられるようにできているのか知らないが、なんでもないように生きていた。
 
 ややあって様子をみると、食事を終えた群れは解散してまちまちの行動をとり、飼育容器の片隅では脱皮を終えたばかりの1匹がじっとしていた。
 脱皮後の幼虫は赤い。
 そのあとで黒くなり、いぶし銀のような黒い装いになった。よろいのようで、ツチハンミョウの体を思わせる。
 脱皮前のチャームポイントだったふたつの黄色い星は目立ちにくくなった。ニンゲンを喜ばせるためのデザインでないのは承知だが、なぜか悲しい。
 
 さらに数日すると、最初の成虫が誕生した。
 こんどは背中の両サイドに白いラインが入り、黄色いふたつの星に変わって白いしずく模様がポツンと一つ。星がひとつ、流れ落ちたようでもある。
 なかなかおしゃれなカメムシだが、肉食性であることは隠せない。イモムシ、ケムシに特別な怨みはないが、野外では恐れられるはずである。
 
写真 上から順番に
・ツヤアオカメムシ。名前の通り、つやつやの緑色をしている
・大量に捕獲したカメムシを食べるつもりなら、茶色系が無難だ。意外に抵抗なくのどを通る
・たわわに実ったリンゴ。カメムシの被害に遭わずに育てるのは大変だ
・ヒノキの実。これが多いとカメムシも多くなるし、花粉もたくさん飛ぶことになる
・シロヘリクチブトカメムシの若い幼虫は丸い印がチャームポイント
・ヒメアカタテハの幼虫の巣に、ハエが舞い降りた。何をするのだろうね
・野外でヒメアカタテハの幼虫を襲うシロヘリクチブトカメムシの幼虫
・獲物をめざして太いくちを伸ばすシロヘリクチブトカメムシの幼虫
・脱皮したばかりのシロヘリクチブトカメムシの幼虫。しばらくすると黒くなる。赤い色はしばしのおしゃれ?
・葉脈に針のようなくちを刺そうとしているシロヘリクチブトカメムシ。肉食性のはずだが、たまには肉以外のジュースも飲みたいのだろうね

 
 
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