温暖化で変わり行く梅雨と夏(あぜみち気象散歩63) | 2017-08-25 |
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●気候問題研究所 副所長 清水輝和子 |
天候不順の夏 | 今夏は、空梅雨で、7月上・中旬は猛暑となったが、九州などで記録的な豪雨もあった。7月下旬に梅雨明けが発表されてからは日照不足が続き、台風などの影響もあって山陰や北陸、東北では降水量が多くなった。8月は台風5号がノロノロと南海上を進んで上陸し、通過後はオホーツク海高気圧が現れ、北日本と関東は低温、北日本の太平洋側と関東では日照不足が続いた。7月下旬から長引く日照不足でキュウリや、ナス、キャベツなど野菜の価格が高騰。海水浴場やプールでは客足が減少する一方で、水族館や室内ビヤガーデンは盛況になるなど不順な天候はレジャー業界にも影響が広がった。  
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梅雨の異変 | 今夏の入梅は、九州から関東甲信では大体平年並の6月6~7日だった。入梅後は、梅雨前線が南海上に離れて停滞したため雨は降らず、移動性高気圧におおわれ初夏のような陽気が多く、日照時間は東日本中心に多かった(図1、2)。6月の降水量は、北海道で低気圧の影響をうけて雨が多かった他は少なく、関東地方では平年の56%と空梅雨だった。6月下旬になって梅雨前線はやっと本州の太平洋岸に停滞するようになり、北陸と東北では平年より7~9日も遅く21日に梅雨に入った。 梅雨の天候は年によってさまざまで、空梅雨もあればシトシト雨が降り続く陰性型やザッと雨が降ってはカラッと晴れる陽性型、むし暑い梅雨もあれば、梅雨寒もある。今夏は空梅雨だったとはいえ、梅雨の異変は今までと大きく違っていた。  
図1 地域平均気温平年偏差時系列(2017年6~8月) 気象庁  
6月空梅雨 図2 気温・降水量・日照時間平年比(2017年6月) 気象庁   そもそも“梅雨”とは、ユーラシア大陸のジェット気流が夏に向かって北上する中で起こるダイナミックな現象だ。ところが、近年はこの経過に異常が起きている。大陸では冬季は北極の寒気が南部まで南下して、寒気と暖気の境界を流れるジェット気流と呼ばれる上空の強風帯がヒマラヤの南にある。春から夏の初めにかけて寒気は後退し、ジェット気流が北上を始めると、8000mを超える山々にぶつかり、2つに分流する(図3)。北を流れるジェット気流は寒帯ジェット気流、南を流れるのは亜熱帯ジェット気流と呼ばれ、北と南に大きく分流した気流は日本の東海上で合流する。亜熱帯ジェット気流に沿ってインドからインドシナ半島、中国南部、日本にかけて海洋からの湿った風も入り、雨雲が連なって雨が降る。これが“梅雨”と呼ばれる現象だ。寒帯ジェット気流は東シベリアへ北上しオホーツク海付近では高気圧が発生する。オホーツク海高気圧は梅雨によく現れ、北・東日本の太平洋側に高気圧から吹き出す北東風が入り、梅雨寒や日照不足をもたらす。亜熱帯ジェット気流は盛夏が近づくとともに次第に北上し、梅雨前線も中国北部へ北上して、日本の梅雨は明ける。  
ジェット気流はヒマラヤにぶつかり、北と南に分流し日本の東で合流 図3 梅雨のジェット気流の流れの模式図(気象庁の図を基に作成) → 偏西風の流れ 青:平年より高度が低く、気温が低い 赤:平年より高度が高く、気温が高い   ところが、近年の6月のジェット気流に異変が起こっている。 図4は今年6月の北半球を上から見た上空5000m付近の天気図で、青い太線がジェット気流を示している。温暖化で地球全体の気温が上昇している影響で、北半球規模で亜熱帯高気圧は平年より強く、例年より北の方まで勢力を広げている。6月は大西洋からアフリカ、中東にかけて亜熱帯高気圧が真夏以上に強まり、ユーラシア大陸を流れるジェット気流は入梅の頃には早くもヒマラヤの北を流れ、分流がみられない。6月のこの異常な気流型は昨年も同様の傾向だった。  
6月からジェット気流はヒマラヤの北を流れた 図4 500hpa北半球平均天気図 高度と平年偏差(気象庁の図を基に作成) 2017年6月(平年値は1981年~2010年の平均値) → 偏西風の流れ 赤い線で囲まれたエリアは亜熱帯高気圧 青:平年より高度が低く、気温が低い 赤:平年より高度が高く、気温が高い   今夏も梅雨らしい天候は見られず、7月上・中旬の天気はジェット気流の蛇行によって変化し、太平洋高気圧の張り出しや台風の影響で湿った気流が入り、局地的豪雨があった。今後、温暖化が進行し、アフリカから中東の亜熱帯高気圧の強まりが6月に常態化すると、日本の梅雨は無くなるかもしれない。  
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台風3号と九州北部豪雨 | 7月に入ると梅雨前線は日本海から東北地方に北上し、北陸を中心に湿った風が入り大雨が降った。4日には台風5号が長崎県に上陸したのち本州の太平洋岸を東へ進み、5日朝には関東の東海上へ抜けた。台風通過後の5~6日は、山陰から九州北部にかけて対馬付近に停滞した前線に向かって太平洋高気圧の縁辺から湿った風が入り、島根県・福岡県・大分県などで記録的な大雨となった(図5、6)。河川の氾濫や土砂災害など甚大な被害が発生し、「平成29年7月九州北部豪雨」と命名された。  
梅雨前線に向かって南シナ海から暖湿流が入る 図5 九州北部豪雨(2017年7月5日12時) 気象研究所    
太平洋高気圧の縁辺から暖湿流入る⇒九州北部豪雨発生 図6 500hpa北半球平均天気図 高度と平年偏差(気象庁の図を基に作成) 2017年7月5~9日(平年値は1981年~2010年の平均値) → 偏西風の流れ 青:平年より高度が低く、気温が低い 赤:平年より高度が高く、気温が高い  
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梅雨明け前に猛暑、梅雨が明けたら長雨 | 6月は上・中旬に上空に寒気が入り低温傾向だったが、6月末から気温は急に上昇し北日本中心に猛暑となった(図1)。7月15日には北海道の帯広で37.1℃を記録した。7月中旬は梅雨前線の活動は弱く晴天が多かった。13日は九州南部で、19~20日には九州北部から関東甲信地方で梅雨が明けた。7月は豪雨の影響で九州の一部と近畿以北の日本海側は多雨となったが、太平洋側は少雨で日照時間も多かった(図7)。  
7月猛暑、日本海側局地的大雨、太平洋側少雨、北・東日本多照 図7 気温・降水量・日照時間平年比(2017年7月) 気象庁   7月下旬は、西日本と沖縄・奄美は太平洋高気圧に覆われ、きびしい暑さが続いたが、日本の南東海上から南シナ海では台風が次々と発生し、23日頃から東日本と北日本は、急に涼しくなった(図1、8)。  
秋田県に前線かかり湿った気流入る、台風多発 図8 地上天気図(2017年7月23日9時) 気象庁   22~23日には日本海に前線が南下し、秋田で記録的な大雨が降り、雄物川が氾濫して浸水被害が広がった。前線は27日にかけて関東の太平洋岸に南下したため、本州付近では曇りや雨の日が多くなった。東日本の太平洋側では梅雨明けの発表後から天気がぐずつき、天候不順となった。東北と北陸の梅雨明けは8月2日と平年より5~9日も遅かった。8月に入ると、オホーツク海高気圧が現れ、北日本や関東で北東風が入り、涼しい日が多くなった。  
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長寿台風5号、南海上をノロノロ西進 | 日本の南東海上や南シナ海では7月下旬に台風が相次いで発生し、7月の発生数は8個と、1971年と並び7月として最も多い記録となった。そのうち、7月21日に南鳥島近海で発生した台風5号は南海上を迷走しながらノロノロ西進し、奄美付近で向きを変えて九州から四国の太平洋側を東進。7日に和歌山県に上陸した後、ゆっくりと近畿から北陸を縦断、新潟県沖を北上して9日午前3時に温帯低気圧に変わった(図9)。発生から消滅まで18日18時間と統計のある1951年以降では3番目に長寿の台風だった。  
南東海上で迷走した後、ゆっくりと南海上を西進、本州を横断 図9 台風5号経路図(2017年7月21日~8月8日) 気象庁  
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オホーツク海高気圧現れて秋雨 | 台風通過後の9日、東京都心で37.1℃まで気温が上昇し東・西日本で猛暑となったが、関東地方の夏らしい暑さは続かず、10日にはオホーツク海高気圧が現れ、日本海から日本の東海上にかけて低圧帯となり、秋雨型になった。北日本から東日本は涼しくなり、曇りや雨のぐずついた天候となった。太平洋側はヤマセと呼ばれる北東風が吹き、低温と日照不足が続いた(図10、11)。東京都心では8月1日から雨をカウントした日が連続で21日を数え、8月としては1977年の22日間に次いで長い記録となった。  
北・東日本の太平洋側ヤマセ吹く 図10 地上天気図(2017年8月16日12時) 気象庁  
8月中旬北・東日本の太平洋側は低温と日照不足 図11 平年比(%)(2017年8月9日~22日) 気象庁  
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夏の天候異変の原因 | 今夏の天候は7月23日頃を境に、夏の前半と後半に分けられる。7月は中旬まで日本付近で太平洋高気圧が強まり、順調に夏がやってくるかに見えた(図12)。  
太平洋高気圧強まる 図12 500hpa北半球平均天気図 高度と平年偏差(気象庁の図を基に作成) 2017年7月中旬(平年値は1981年~2010年の平均値) 青:平年より高度が低く、気温が低い 赤:平年より高度が高く、気温が高い   ところが、下旬になると、太平洋高気圧が2つに分かれ、日本の南海上で台風が多発した。西の亜熱帯高気圧に覆われた南西諸島や西日本では猛暑が続いたが、北・東日本には湿った風が入り、夏空は消えて曇雨天が続いた。盛夏期に太平洋高気圧が例年のように東・北日本に張り出さなかったのは、アリューシャンの南で太平洋高気圧が北上し、強まったからだ(図13)。  
太平洋高気圧が分裂、近海で台風発生 図13 500hpa北半球平均天気図 高度と平年偏差(気象庁の図を基に作成) 2017年7月25~29日(平年値は1981年~2010年の平均値) 青:平年より高度が低く、気温が低い 赤:平年より高度が高く、気温が高い   その頃、日本の南海上の海面水温は、北緯20~30℃付近で平年より高かったので(図14)、対流活動が活発になり、台風が相次いで発生した。日本の南東海上はアリューシャンの太平洋高気圧の縁辺にあたり、湿った風が集まりやすかったことも台風多発の一因になった。  
日本の南から南東海上で海面水温高い 図14 海面水温平年偏差(2017年7月中旬) 気象庁   例年の対流活動はフィリピンの東海上で活発で、台風が多く発生するが、今夏はフィリピン沖の対流活動が不活発で、台風発生域は北上した。 アリューシャン付近で強かった高気圧は、8月上旬は東シベリアの高気圧といっしょになり広がったので、寒気が日本付近に南下しやすくなった(図15)。中旬には東シベリアで高気圧がさらに強まり、地上付近ではオホーツク海高気圧が強まった。北日本の太平洋側から関東では冷たい北東風(ヤマセ)が吹いて涼しくなり、日照不足が続いた(図10)。一方で台湾付近では亜熱帯高気圧が強く、南西諸島から西日本は猛暑が続いた。  
太平洋高気圧弱い、オホーツク海で高気圧強まり、寒気南下 図15 500hpa北半球平均天気図 高度と平年偏差(気象庁の図を基に作成) 2017年8月上旬(平年値は1981年~2010年の平均値) 青:平年より高度が低く、気温が低い 赤:平年より高度が高く、気温が高い   昨年春に終わったエルニーニョ現象は規模も大きく長期間続いたため、地球大気の気温を急激に上昇させて温暖化を加速させた。(図16)2016年の地球の気温は観測史上最高となった。規模の大きなエルニーニョ現象が春に終わった1998年も地球の気温は当時最も高くなり、2013年まで最高を維持していた。1998年の夏はラニーニャ現象が発生し、暑い夏が期待されたが夏空は続かず天候不順だった。今夏と同様に北半球規模で亜熱帯高気圧が強まり、アリューシャンで高気圧が北上し、東シベリアでも高気圧が居座って、日本付近には寒気が南下した。  
図16 世界の年平均気温偏差 気象庁   昨夏の天候不順の原因も今夏と同様にアリューシャンで高気圧が強まったことがあげられる。温暖化で盛夏期の亜熱帯高気圧は、北半球規模で北上して強まっている。大西洋からユーラシア大陸を流れる偏西風の蛇行が、アリューシャンで高気圧を強める流れになっていることも原因のひとつで、それに海面水温も加わり、複合的な要因で今夏の天候不順をもたらしたと考えられる。   温暖化が進行すると、気温が上昇して夏季は猛暑という単純な図式ではなく、今夏のような天候不順や局地的大雨などの異常気象が平年の夏になるのかもしれない。地球温暖化で日本の梅雨も夏の天候も大きく変わって行くようだ。   追記:気象庁は9月1日に梅雨入り・梅雨明けを再検討し、修正しました。 |
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