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温暖化で水害のリスク高まる(あぜみち気象散歩52)   2015-10-21

●気候問題研究所 副所長 清水輝和子 

 
77年ぶりの水害
 東京都心で1876年に気象観測を開始して以来最も降水量が多かった年は1938年で、平年より700mmも多い2229.6mmだった。この年は梅雨前線や台風による大雨により、各地で水害が多発した。国土交通省の記録では、9月の台風により鬼怒川と渡良瀬川が大洪水となり、関東全域で死傷数は328人に上った。
 
 今年9月、豪雨により鬼怒川が決壊し、常総市では77年ぶりに広範囲が浸水した。大雨は東北地方にも広がり、7日から11日までの5日間の降水量は、関東地方では600mm、東北地方で500mmを超え、多い所で9月の平年値の2倍以上にもなった(図1)
 

500mmから600mmを超える豪雨
図1 総降水量分布図(2015年9月7日~11日) 気象庁
 
 この期間に、全国19河川で堤防が決壊し、67河川で氾濫などの被害が発生する大きな災害となった。農林水産省によると、冠水などの被害をうけた農地は約1万8500haにものぼった。
 
線状降水帯が次々に発生
 豪雨をもたらした気象状況は、2つの台風の影響があったが、台風そのものの暴風雨というより、停滞する雨雲によって大きな災害が引き起こされた。図2のように、台風18号は日本の南海上から北上し、9日10時過ぎに愛知県知多半島に上陸。その後日本海に出て、21時には温帯低気圧に変わった。台風18号の東側には図3のように、台風の外側の雲であるアウターバンドが関東地方にかかっていた。
 

図2 9月9日21時地上天気図  気象庁
 
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台風18号台風のアウターバンドが関東地方にかかる
図3 気象衛星画像(2015年9月9日18時) 気象研究所
 ×:台風18号の中心位置
 
 温帯低気圧に変わっても、100~200kmの幅で南北に伸びたアウターバンドの降雨域がゆっくり東へ進んだ。この降雨域の中に、9~10日にかけて線状降水帯が次々と発生した(図4)
 

線状降水帯が栃木県から茨城県にかかる
図4 レーダー(9月10日06時00分)  気象庁
 
 線状降水帯は、積乱雲が群れをなして発達しながら風上から風下に向かい、雨を降らせては消え、また次の積乱雲群が押し寄せてきて、1時間に50mm以上の大雨を降らせる。降雨域は、幅が20~50kmで、50~200kmの長さに伸び、形態が線状なので「線状降水帯」と呼ばれている。ほぼ同じ場所に留まることが多いため、集中豪雨が発生する。9~10日かけて南北に伸びた線状降水帯が、ちょうど鬼怒川の流れに沿うように雨を降らせたので、鬼怒川が一気に増水した。
 
南から暖湿流が流入
 台風18号が上陸したころ、西日本の上空5000m付近には気圧の谷が通過していた。図5の矢印の上空の風の流れは日本付近で大きく蛇行し、気圧の谷の東側の関東地方には、南から強い風が吹いていた。
 

上空の気圧の谷の東側に強い南風と湿ったエリアが存在
図5 9月9日21時の上空の大気の状況  気象研究所
 カラー:高度5800mの相対湿度 %
 数字と線:高度5800mの気圧と等値線、hpa
 矢印:高度5800mの風ベクトル
 水色の太線:気圧の谷
 
 
 湿度が90%以上の赤いエリアは鬼怒川上空にかかり、その下層では台風18号から変わった低気圧に吹き込む南東風が入り(図6左)、その後台風17号の周辺からも南東風が入り(図6右)、温かく湿った空気が大量に流入を続けた。気象研究所の解析では、幅が20~30km、長さが50~100kmほどの線状降水帯が、関東南部で発生しては北上し、栃木県では複数の線状降水帯によって、24時間の降水量が500mmを超えた。
 

下層には湿った風の流入:9日12時は台風18号周辺から、10日6時は台風17号から
図6 10月9日12時(左図)と10日6時の下層大気の状況  気象研究所
 カラー:高度500mの大気1kg当たりの水蒸気量分布g
 数字と線:海面気圧と等値線、hpa
 矢印:高度500mの風ベクトル
 
 10~11日にかけて雨雲は東北地方に移動し、台風17号からの湿った空気が太平洋側に流入して、線状降水帯が発生した(図7)。発生時間は4時間と関東地方に比べて短かったが、複数の線状降水帯によって、宮城県では24時間の最大降水量は300mm近くにもなった。
 

線状降水帯は東北地方に移る
図7 レーダー(9月10日23時00分)  気象庁
 
 
ブロッキング高気圧が雨雲の動きを止める
 線状降水帯は、発生しても同じところに留まらなければ、災害に至ることはない。今回の豪雨は、台風や気圧の谷の動きが遅かったことが、雨雲の停滞の原因だ。
 なぜ、気圧系の動きが遅くなったのか、上空の天気図を見ると分かる。
 

東シベリアの高気圧と太平洋高気圧がブロック
図8 上空5000m付近(2015年9月9日)
500hpa北半球平均天気図高度と平年偏差(気象庁の図を基に作成)
  ジェット気流の流れ   上昇気流と下降気流
:平年より高度が低く、気温が低い
:平年より高度が高く、気温が高い
 
 図8は9日の上空5000m付近の天気図で、日本の北の東シベリア付近には高気圧がある。ユーラシア大陸の上空の風の流れは大きく蛇行し、中国で南へ下がり、日本付近ではさらに西日本で南下して、東日本で北上した。日本付近ではとくに大きく蛇行をしている。通常の風の流れは東シベリアを東西に流れていくが、そこには強い高気圧が居座って、風の流れをブロックした。このブロッキング高気圧があったので、日本付近での風の流れは遅くなった。偏西風に流されてスピードを上げるはずの台風や台風から変わった温帯低気圧の動きはゆっくりとなり、線状降水帯が停滞した原因となった。
 また、台風17号の活発な上昇気流は、日本の東で下降し、太平洋高気圧を強めたので、日本海の温帯低気圧は往く手を阻まれた。東シベリアにブロッキング高気圧がなかったら、台風や温帯低気圧、周辺の雨雲も足早に東へ去っていったと推測される。
 
温暖化で冷害より水害のリスク高まる
 地球温暖化で海面水温が上昇しているので、日本は海上から水蒸気が供給されやすい。今後も雨雲が停滞するような気圧配置になれば、豪雨になり、水害などの災害が発生しやすくなる。これからの農業は、冷害よりも水害のリスクがますます高まる。
 
 被害の大きかった常総市は、鬼怒川と小貝川が合流していた地点で、約400年前に治水工事を行って2つの流れに分け、低湿地だった土地を水田に変えて活用してきた。もともと水害の発生しやすい地域だったが、ここ77年間は洪水が発生していなかったので、油断があったと思われる。
 関東周辺では、戦後間もないころ、カスリーン台風やキティ台風、狩野川台風など強い台風が上陸する時期があり、大水害が発生したが、堤防の改修工事などで、その後は大きな水害は発生していない。だが、今は温暖化で、どの川の流域でも豪雨に見舞われる可能性のある時代に入った。今回の水害を教訓にして、自治体が公開している洪水ハザードマップで、自宅や耕作地の地形を確認し、過去の水害にも学び、大雨に備えたい。
 
(図はクリックで大きく表示されます)

 
 
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