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いもち病対策に朗報、品種改良で強いイネに (松永和紀の「目」2)  2010-02-01

●科学ライター 松永和紀  

 
 地球温暖化の元凶とされる二酸化炭素(CO2)排出増加ですが、一部の人は「農業には有利に働く」と主張します。「大気中のCO2の濃度が上がれば、植物の光合成が活発になり生産性が上がる」と言うのです。いわゆる施肥効果です。
 しかし、CO2濃度が上がると、イネのいもち病が多発しやすい傾向になると報告した論文もあります。CO2増加により、イネの葉のケイ素含量が減少して、いもち病の原因となる菌が侵入しやすくなるというのです。良いことも悪いこともある。農業はそうそう単純なものではない、ということでしょう。
 
 それにしても、本当にいもち病が多発したらアジアは一大事です。いもち病対策の方法はいろいろとありますが、有力な策の一つが品種改良。昨年、独立行政法人農業生物資源研究所や愛知県農業総合試験場などが、アメリカの著名な学術誌「サイエンス」で画期的な研究成果を発表しましたので、紹介しましょう。
 
新品種「中部125号」

 水稲が一般にいもち病に弱く、陸稲が強いことは、昔から知られていました。いもち病といっても、菌によって種類がいろいろと分かれており、特定の菌に強い水稲はあるのですが、いもち病菌全般に強い水稲はなかったのです。一方、陸稲は多くのいもち病に安定して強い性質を持っています。
 そこで、水稲と陸稲を掛け合わせる(交配する)品種改良で、陸稲のようにいもち病全般に抵抗性を持つ水稲を作ろうという研究が、長年行われてきました。しかし、同時に食味が悪くなる悪影響も出てしまい、実用的な品種の育成には至っていませんでした。
 今回発表された研究では、陸稲のいもち病抵抗性のもととなる遺伝子を突き止め、染色体のどこにその遺伝子があるかも解析しました。そのすぐ近くに、食味を損ねる遺伝子もあることもわかりました。
 
 交配による品種改良では、まず二つのイネを掛け合わせます。今回の場合は、水稲と陸稲です。すると、水稲と陸稲の遺伝情報を半分ずつ持つイネができます。そのイネにさらに水稲を交配すると、遺伝情報の75%が水稲、25%が陸稲というイネができます。その後も何度も水稲を掛け合わせて行くと、遺伝情報のほとんどが水稲でほんの少しだけ陸稲、というイネができます。
 これまでの品種改良では、遺伝情報を細かく調べる術がなく、この中から、陸稲のいもち病抵抗性遺伝子は持っているけれども、食味を損なう遺伝子は持っていないという個体を選び出すことができませんでした。しかし、今回の研究では、遺伝子を突き止め遺伝情報を非常に細かく解析して、約6000個体の中からそうした個体を選び出すことができたのです。
 これは、大勢の日本の研究者が、イネの遺伝情報を全部解読し細かく調べてゆくイネゲノム研究を、20年近くにわたって続けてきたからこそ生まれた、大きな成果です。
 
 コシヒカリに陸稲を掛け合わせて、いもち病抵抗性遺伝子のみを導入した新品種「中部125号」(写真右上)も愛知県で誕生し、これから普及が始まります。同県によれば、いもち病に大変強く、食味、収量はコシヒカリと同程度、収穫時期はコシヒカリに比べて2日程度早い、とのことです。いもち病被害の深刻化が懸念される中で、最先端の科学に基づく緻密な品種改良が成功したことは、農家にとって朗報です。今後は、同じように遺伝情報の詳細な解析により、いもち病対策に限らずさまざまな品種改良が行われ、温暖化対策の一助ともなることでしょう。
 
 
参考文献
「シリーズ21世紀の農学 地球温暖化問題への農学の挑戦」(日本農学会編、養賢堂)
農業生物資源研究所プレスリリース
学術誌サイエンス記事
学術誌サイエンス論文
愛知県記者発表資料

 
 
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