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モンシロチョウ―ありふれて遠い存在 (むしたちの日曜日29) | 2012-04-06 |
| ●プチ生物研究家、ときどき児童文学者 谷本雄治 | ルナールの『博物誌』が好きだ。なかでも蝶についての記述が気に入っている。ちょっと乙女チックで、口に出すと気恥ずかしいのだが……。 《二つ折りの恋文が、花の番地を探している。》 これでも若かりしころは、ふーむ、なるほどなるほどと頷き、その純な発想に敬意を表したものである。   それはともかく、この蝶のモデルにふさわしいのは、日本でいえばモンシロチョウであろう。菜の花が咲くと、どこからともなくやってくる、おなじみさんだ。ぼくが育ったのは名古屋市南部の埋め立て地だが、そんな新興住宅地にも彼らは訪れ、卵を産んでは去っていった。   日本を代表する蝶はオオムラサキということになっていて、国鳥であるキジにならって「国蝶」と呼ばれている。メタリック調の紫色で覆われた大型種で、バタバタという感じの力強い飛翔を見せつける。一度でもその姿を目撃すれば、なるほどニッポンのシンボルにふさわしい蝶であるよ、と思えてくる。 それではいったい、どれほどの日本人がオオムラサキを目撃したかというと、おそらくはごく少数だろう。街なかで見かけることは滅多になく、山に行けばいるのかというと、そうでもない。仮に生息地に出かけても、プロの写真家が撮った写真のように間近で見ることは難しい。エノキに出た樹液にやってきたのを、遠目にながめることになる。国蝶とはいえ、いや、だからこそというのか、実は遠い存在なのである。   それにひきかえモンシロチョウは、うんと身近な蝶である。教科書にも載り、菜の花畑の脇でも通れば、否応なしに視野に入ってくる。おそらくは、アゲハチョウと並んで抜群の認知度を誇るのが、モンシロチョウなのである。なにしろ、古くから日本にいる代表種である。   そう思っていると、これがまた、そうでもない。いまから十数年前、オオモンシロチョウが日本に侵入して新たな害虫になると騒がれたものだが、モンシロチョウもアブラナ科野菜が持ち込まれたころ、一緒に上陸したのではないかとする説がある。つまり、オオモンシロチョウの先輩格に当たる外来種であるというのだ。   幼虫である青虫の食草になる菜の花はもちろん、桜が咲くころに舞うところを見れば、いかにも日本の春よなあ、と春の風物詩の一つに数えたくなる。だがそれはイメージだけのことであり、その意味ではオオムラサキに対する感覚に似ている。 青虫は、まちがいなくキャベツやブロッコリーの害虫である。農家の人たちは大切な葉っぱをかじられてなるものかと農薬をまき、魔の手から守っている。立場を変えれば、モンシロチョウのいない春こそ平和な年となる。   ビンボーを旨とするわが家では毎年、冬の間に食べた小松菜の根っ子を庭の片隅に植えている。しばらくするととうが立ち、黄色い菜の花が咲く。だがモンシロチョウはそのわずかな花さえも見逃さずやってきて、米粒のような卵を産みつける。 青虫は発育不足の小松菜に文句を言うこともなく成長し、ある日、羽化して空に飛び立っていく。実にうるわしい話ではあるが、後に残るのはボロボロの虫食い葉だけである。   そんな菜園家を少しでも慰めようというのか、さなぎになる直前、青虫にちょっとした事件の起きることがある。腹のあたりからウジ虫がうじゃうじゃ這いだしてきて、その場で繭をこしらえるのだ。青虫はいつのまにかアオムシコマユバチという寄生蜂の餌食にされていて、成虫になる寸前、絶命する。 菜園家としてみればザマーミロの気持ちが沸くが、いささかでも蝶びいきの虫好きの目でみると、気の毒であり哀れである。だがまあ、それが自然の摂理であり、寄生蜂にすれば生きるためのやむを得ぬ事情というものであろう。   幸いなことに、モンシロチョウはどこにでもいる。そう思っていると、これまた裏切られる。郊外に住んでいる人たちが目にするモンシロチョウは、スジグロシロチョウという別種である可能性が高いからである。山間部に舞うモンシロチョウっぽい白い蝶は特に、スジグロシロチョウを疑った方がいい。キャベツ畑に代表されるようにモンシロチョウは明るい開けた場所を好み、スジグロシロチョウは、やや薄暗い環境が好きなのだ。 スジグロシロチョウは、その名の通り、はねによく目立つ黒いすじが入っている。モンシロチョウだと思い込んでいるため、見落としているだけだ。スジグロシロチョウはショカッサイ、ムラサキハナナなどの別名も持つオオアラセイトウやタネツケバナ、イヌガラシなどを食草にしている野性味の強いシロチョウである。   そういえば、モンシロチョウの名前も実に紛らわしい。紋が白い蝶、と理解していたら、それは誤りだ。正しくは、黒い紋を持つシロチョウという意味合いから付けられた種名である。 モンシロチョウは身近にいながら、その実体が知られていない。いま目にした白い蝶は本当にモンシロチョウなのか? まずはそう疑うことから始めると、春の楽しみが増すはずである。(了)     写真 上から順番に ・「国蝶」のオオムラサキ。よほど運が良くないと、こんな風に見られることはない ・モンシロチョウとはいうものの、実際には黄色っぽい蝶である ・青虫に食べられたキャベツ。これだけかじられては商品価値がない ・アオムシコマユバチの繭。青虫の体から抜け出た幼虫は黄色い俵型の繭を作る ・モンシロチョウに似ているが、はねに入った黒いすじで区別できるスジグロシロチョウ。ただいま地面で吸水中
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コラム:ヘビ――出そうで出ない蚊(むしたちの日曜日111) |
年の初めの話題は、干支がらみのヘビがいいのだろう。
それならとめでたい話ができるといいのだが、飼われている白ヘビを見た思い出を語るしかなくなっていることに気づいた。ヘビを目にする機会がそれほど減っている。
新興住宅地のわが家に... |
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