アスパラガスのハウス栽培における夏季昇温抑制による収量・品質の向上と快適化 | 2010-11-30 |
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●長崎県島原振興局 井上勝広 |
背景と概要 | 西南暖地においてアスパラガスのハウス長期どり栽培を行う場合、夏季の高温は親茎の葉焼けや生長点枯死、薬害、斑点病などの病害発生による生育の悪化、若茎の開き、曲がり、裂開などの発生による収量・品質の著しい低下、さらには作業環境の悪化等を引き起こすため、昇温抑制対策が不可欠である。 そこで、アスパラガスのハウス長期どり栽培において、盛夏期の昇温抑制処理の効果と収量・品質に及ぼす影響を明らかにした。   なお、本研究は先端技術を活用した農林水産研究高度化事業の助成(国庫)により、平成18年度から20年度にかけて実施したものである。
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現状 | 夏場日中のアスパラガスハウス内の温度と照度を図1に示した。 繁茂した茎葉はハウス内に詰め込まれた状態となり、ハウスの天部に接触して焼けや傷みを生じさせる。また、通路側にはみ出した茎葉は通気性を低下させ、蒸れにより病害が発生する場合が多い。さらに、高温が続くと奇形が増加し、減収する傾向となり、栽培管理をする農家にとっても、夏季の高温は熱中症等を誘発しやすく、心身ともに大きな負担となる。  
図1 夏場日中のアスパラガスハウス内の温度と照度(井上、2009)   このように、夏季の高温により親茎の葉焼け、生長点枯死、薬害、斑点病などの発生による生育の悪化(図2)と若茎の開き、曲がり、裂開などの品質低下(図3)による収量の著しい減少、さらには作業環境の悪化などを引き起こすため、高温対策(昇温抑制)が不可欠である。  
図2 10月下旬のアスパラガス親茎の状態 a.高温障害により黄化した茎葉 / b.昇温抑制したビニルハウスの親茎 c.高温障害により落葉した擬葉 / d.昇温抑制したビニルハウスの地面  
図3 アスパラガス若茎の高温障害 a.正常茎(下)と帯化茎(上)/ b.開き、曲がり茎 c.裂開(はじけ)茎 / d.フザリウム被害茎  
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原因 | 品質の良いアスパラガスを多く生産するためには20℃から30℃で管理するのが望ましい(重松、2004)。 アスパラガス若茎の伸長速度は、気温10℃から30℃の間では高温になるほど早くなるが、35℃ではやや遅くなるだけでなく高温障害を呈し、40℃では萌芽しても伸長しないとされる(金ら、1989)。また、若茎の伸長生長速度は地温(根温)20℃から25℃の間で最大となるが、30℃以上になると低下する(金・崎山、1989)。さらに、親茎茎葉の光合成速度は気温15℃から25℃の範囲で大きく、25℃以上では低下する(津田ら、1985)。   一方、夏場日中の外気温が30℃から35℃の場合、アスパラガスハウス内の気温は30℃から50℃と非常に高温となる(図1)。 これらの知見から、夏季の高温はアスパラガスの光合成、若茎の伸長に対して、極めて抑制的に働くと考えられる。
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昇温抑制効果と具体的改善対策 | (1)昇温抑制効果~作業の快適性と収量への効果~ WBGT指数(湿球黒球温度、wet-bulb globe temperature)は、暑さ指数ともいい、人体の熱収支に影響の大きい湿度・輻射熱・気温の要素を取り入れた熱中症予防の指標で、乾球温度、湿球温度、黒球温度の値を使って次の式で算出する。 WBGT指数(屋外)=0.7×湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度。 熱中症予防のための運動指針を表1に、また(農)作業者に関する指針を表2に示した。   表1 熱中症予防のための運動指針
  表2 作業者に関する指針
  盛夏期の日中におけるハウス外気温とハウス内WBGT指数を図4に示した。 慣行区ではWBGT指標が31以上(運動中止)の時間帯が4時間(10~14時)であるのに対し、昇温抑制処理区では0時間であった。この結果、昇温抑制処理したビニルハウスの方が人体に負荷が少ないため、熱中症予防に有効であることが判明し、慣行より快適性が向上することが実証された。  
図4 夏場日中におけるハウス外温度とハウス内WBGT指数(井上、2009) 2007年8月上旬調査、縦棒は標準誤差(n=2) WBGT指数21~25:注意、25~28:警戒、28~31:厳重警戒、31以上:運動中止   アスパラガスの夏芽収量に及ぼす盛夏期の昇温抑制処理の影響を表3に示した。 5月から7月は昇温抑制区と対照区との間で総収量、平均一本重、商品収量、各階級の割合について差がみられなかったが、8月から10月には昇温抑制区の収量が平均で10a当たり334kg増収し、平均一本重は1.4g増加した。同様に昇温抑制区のL級割合が7.4ポイント増加したのに対し、外品、裂開の割合はそれぞれ約1.4ポイント、0.38ポイント減少した。   表3 アスパラガスの夏芽収量に及ぼす盛夏期の昇温抑制処理の影響(井上、2009)
  このように、盛夏期に昇温抑制することにより、慣行栽培と比較してアスパラガスの収量性や平均一本重、商品割合が増加し、外品や裂開の割合が低下することが実証された。
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(2)具体的改善対策 一般的に、ハウス内温度を下げるには、上層部に滞留している高温の空気を外に出す、草丈の高い作物は高い位置にも外気が入るよう工夫する、透過光線量を制限する、などが考えられる。 アスパラガスハウスの盛夏期の高温対策としては、換気、散水、遮光が有効である。換気対策としては、ハウス側面や屋根(天窓)、褄窓の開口、散水対策としては灌水や頭上散水、遮光対策としては遮光剤の塗布処理や遮光シートの展張などがある。   ①換気による対策 換気の方式は、自然換気方式と強制換気方式に大別されるが、自然換気方式が大部分である。   自然換気方式は、ハウス内外の温度差と自然の風力を利用して行なうもので、換気の効率はハウスの型式や大きさによっても異なり、連棟より単棟の方が、また、換気窓が高い位置で大きいほど効率がよい。換気窓は、ハウスサイド面に加え、効率を上げるために褄面にも設置するのがよい。 最も効果的な自然換気は、ハウス天部の開放、つまりフルオープン化である。ハウス天部を開放すると、天部に熱気が溜まらないため、大幅に温度が下がって外気温程度となる。   ハウスの内外気温差は屋根開口部面積の増加に伴って、指数関数的に低下する。また大型ハウスほど、連棟数が多いほど換気は困難になる。 なお、換気窓からの風雨の侵入による害を未然に防止するために、容易かつ確実に密閉する対策を講じておくことも重要である。とくに、屋根開口(フルオープン)ハウスは被害を受けやすいので注意する。   ア)側窓拡大 各種換気方法が夏季晴天日(8月)のハウス内気温に及ぼす影響を図5に示した。 対照(慣行)区、処理区とも6時頃から気温が上昇し始め、対照区では15時頃まで気温が上昇し続け、最高気温は48.1℃(15時10分)であったが、処理区では11時頃から顕著な気温の上昇はみられず、最高気温は42.4℃(14時)であった。同日の10時から16時の温度差の最大値は8.0℃(15時10分)であり、平均温度差は3.9℃であった。 晴天日(2006年8月)における最高気温の差の平均値は高さ200cmで4.3℃、100cmで2.9℃であり、平均気温の差は高さ200cmで3.3℃、100cmで2.3℃であった(表4)。   表4 換気処理の昇温抑制効果(井上、2009)
図5 換気処理が夏季晴天日のハウス内気温に及ぼす影響(井上、2009) 高さ200cmのハウス内気温、24時間処理 上:2006年8月7日、中:2006年8月15日、下:2006年8月5日   イ)屋根開口(フルオープン) 図5より対照(慣行)区、処理区とも、6時頃から気温が上昇し始め、対照(慣行)区では14時頃まで気温が上昇し続け、最高気温は48.7℃(14時10分)であったが、処理区では9時以降の顕著な気温の上昇はみられず、最高気温は41.7℃(14時10分)であった。同日の10時から16時の温度差の最大値は7.8℃(13時50分)であり、平均温度差は4.3℃であった。 晴天日(2006年8月)における最高気温の差の平均値は高さ200cmで6.0℃、100cmで3.0℃であり、平均気温の差は高さ200cmで3.9℃、100cmで2.5℃であった(表4)。   ウ)屋根開口および側窓拡大 図5より対照(慣行)区、処理区とも6時頃から気温が上昇し始め、対照(慣行)区では15時30分頃まで気温が上昇し続け、最高気温は48.4℃(15時30分)であったが、処理区では9時以降の顕著な気温の上昇はみられず、15時10分に最高(43.0℃)となった。同日の10時から16時の温度差の最大値は8.4℃(15時40分)であり、平均温度差は6.0℃であった。 晴天日(2006年8月)における最高気温の差の平均値は高さ200cmで6.8℃、100cmで3.4℃であり、平均気温の差は高さ200cmで4.4℃、100cmで2.7℃であった(表4)。   また、現場では側窓拡大処理が取り入れやすいが、側窓拡大と屋根開口を比較すると、ハウス内の高い位置に溜まった高温の空気を迅速にハウス外に排出しやすい点から屋根開口処理の方が昇温抑制効果は高い。さらに、屋根開口処理と側窓拡大処理の併用によりそれらの効果は相乗的に高まる。   ②散水による対策 散水は水の蒸発に伴う気化熱を利用するもので、多くの作物で用いられている方法である。冷たい地下水を利用すれば、さらに効果が高まる。アスパラガスで用いる散水の方法は、親茎の株元から散水チューブを用いて行なう株元散水と、親茎の上から細霧ノズルなどを用いて行なう頭上散水に分けられるが、ここでは、株元散水について述べる。   株元散水は灌水として行なうことが多く、地面を湿らせた水の気化熱冷却によって、ハウス内の地温と気温の上昇を抑える。散水チューブには多くの種類があり、それぞれ長所、短所があるが、チューブを選ぶポイントは、水圧が変化しても圃場全体、とくにうね上に均一に散水できることである。 散水方法は灌水方法に準じるが、散水量はうね面が全体に均一に湿った状態とし、一度に多く散水して通路に溜まったり、反対に少なくてうね面が数時間で乾燥したりすることがないようにする。散水時間帯は朝から昼までで、気温の高い日中に盛んに蒸散させるようにする。   散水には良質な水を用いることが重要である。ごみや鉄分を含む水源を使用する場合は、目詰まり防止のためフィルターを設ける。また、家庭排水が流入するような水質の悪い河川水は、病害の発生原因となるので用いない。 盛夏期の灌水がハウス内の気温と地温に及ぼす影響を図6に示した。 朝方の灌水によりハウス内気温とともに地温も一時的に下がるものの、数時間で灌水なしのハウスと同じ温度に戻った。夕方に灌水するとハウス内気温とともに地温も降下し続け、翌朝まで低く推移した。この結果、盛夏期の灌水は朝方より夕方が有効であることが分かった。  
図6 盛夏期の灌水がハウス内気温と地温に及ぼす影響(井上、2009) 2006年7月26日、長崎県総合農林試験場アスパラガスハウス、a当たり1t灌水   ③遮光による対策 ア)遮光剤 遮光剤による昇温抑制効果と若茎の緑色度を表5に示した。 天井フィルムに遮光剤を塗布することによりハウス内の気温は低下し、温度差は高さ200cmで2℃であった。遮光剤を塗布しても、若茎の緑色度の低下は認められなかった。   表5 遮光剤による昇温抑制効果と若茎の緑色度(井上、2009)
  遮光資材として安価で農業資材として普及している炭酸カルシウムのほかに、近紫外線除去効果があるといわれる酸化チタンなどがある。酸化チタンはフィルムに化学的に結合して落ちにくいのに対し、炭酸カルシウムは化学的には安定しているものの、降雨などにより落ちやすいという特性がある。春先には遮光剤は落ちて、光線透過率が高い方が良いという場合には炭酸カルシウムの方が好都合である。側窓拡大処理と遮光剤塗布処理の組み合わせは可能であり、効果がより高まる。   イ)遮光シート 天井ビニルの上に遮光シートを展張する方法である。遮光シートがない場合に比べて、明け方から夕方(とくに日中)のハウス内気温を下げることができる。ただし、遮光率が高すぎると、若茎の緑色度が低下したり、親茎の光合成能力の低下につながる。遮光率は30%から40%が実用的である。 また、遮光シートの内張りがハウス内最高気温に及ぼす影響を表6に示した。 8月上旬の調査では、地上130cmの最高気温は慣行比3.8℃(平均値)の昇温抑制効果があった。日中35℃以上になる時間帯も大幅に減少し、とくに40℃以上になることはなかった。若茎がある地表付近の温度も同様の昇温抑制効果が認められ、最高気温は慣行に比べ5.8℃(平均値)下がり、日中も35℃以上になることはなかった。また、地表付近では外気温と比べても、やや低く推移した。   表6 遮光シートの内張りがハウス内最高気温に及ぼす影響(島原振興局、2010)
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参考資料 | 井上勝広ら.2009.水田等の高度利用と新作型開発によるアスパラガスの周年供給体系.長崎総農林試.p1-146. 金 永植・崎山亮三.1989.アスパラガス若茎の伸長生長に及ぼす貯蔵根の量及び温度の影響.園学雑.58:377-382. 金 永植・崎山亮三・田附明夫.1989.アスパラガス若茎の伸長生長に及ぼす気温の影響と若茎重の推定.園学雑.58:155-160. 重松 武.2004.春芽収穫期の温度管理.野菜園芸大百科.第2版.第9巻.155-157. 津田和久・稲垣 昇・前川 進・寺分元一.1985.アスパラガスの光合成に関する研究 第1報 アスパラガス5年生株の光合成.園学要旨.昭60秋:232-233.
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