大石和三郎とジェット気流の観測 【7】 | 2016-12-26 |
| ●NPO法人シティ・ウォッチ・スクエア理事長 林 陽生 | 観測した風速の精度 | スミソニアン研究所の出版物(Mikesh, 1973)には、藤原咲平(※)の仲介で陸軍登戸研究所の嘱託になった荒川秀俊が、気象学の理論的な考察を加えて太平洋を横断する気流の経路を推定した、とある。荒川は、上空の強風層が冬期に最大となるという現象の再現性を確認するために、大石の研究結果に基づく「東へ流れる風系」の推定を行ったのである。   風船爆弾の経路と目標への到達時間については正確を要することから、荒川は、強風層の風速にどの程度の誤差が含まれるのかを知る必要があった。そこで「館野上空で76m/sに達する驚異的な風速の信憑性を明らかにするため、純粋に気象力学的な視点で問題を扱うことを考えた」と、後に荒川は述べている。   近年は観測技術が向上し、レーウィンゾンデ(計測装置を搭載したゾンデの位置を無線で追跡する装置)を使った精度の良い観測が行われるようになり、大石の観測結果が検証された。ここで、1971~2000年の冬季に館野で実施したレーウィンゾンデ観測と、大石の観測を比較した結果を図(Fig.10, Mikeshより)に示す。両者が描いた風速鉛直分布に表れた唯一とも言える相違は、最上層付近の高度で大石の観測値が5~10m/sほど強い点である。  
   これからわかるように、大石の観測は、ほぼ正しく冬期の上層風の風速を測定している。風向はというと、ほとんど一致している。レーウィンゾンデ観測による高度24kmまでの鉛直分布と対比することで、大石の観測は風速最大となる高度まで行われたことがわかる。おそらく大石が放球したパイロットバルーンは、この高度の強風に流されて、急速にセオドライトの視界から消えたことだろう。(つづく)   ※ 藤原咲平: 第5代中央気象台長。戦時中に風船爆弾の研究を統括する立場となり、戦後に公職追放される。お天気博士として知られ、気象学の発展と普及に貢献した。   参考文献 Mikesh, R., 1973: Japan’s World War II Balloon Bomb Attacks on North America. Smithsonian Annals of Flight Series, Vol. 9, Smithsonian Institution Press, 85 pp.
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